【残酷エレジー】






バコン!!!という固いもの同士がぶつかった音が部屋に響いた。そして地に着く音を黒い学生鞄が奏でる。教科書がいっぱい詰まった重量感のある音。当たった方は壊れでもしているのではないか、と思うと案の定スザクが後頭部を押さえつつベッドの上で悶絶していた。呻き声のようなものが聞こえるような。痛くて言葉もないとはまさにこの事である。

「何をしている?」

鞄を投げた主はそれだけで人が殺せそうな程に冷たい声でスザクに尋ねた。背後の気温が見る見るうちに下がっていくのを肌で感じる。その怒りの凄まじさに、スザクは振り返るのを躊躇するがそこへ二度目の質問がやってきた。同じ質問を先ほどよりゆっくりと繰り返されては、やり過ごそうなどと言うせこい考えは自ら絞首台に登るようなものだ。スザクは極めて慎重に後ろを振りかえった。予想通り、そこには激情を通り越して無表情になった人物が、実に緩慢そうに入り口に立っていた。うわ、と思わず声が漏れてしまう。その声に、戸口に立つ人物は不快そうに眉をつり上げた。

「この世に未練はないな?」

ヤバイヤバイヤバイヤバイ、これはマジでヤバイです神様仏様!!!混乱の淵で神に祈る。スザクは自分の危機的状況を嫌という程理解せざるを得なかった。(できるなら理解したくなかったがボケでやり過ごすのも限界だ)今一歩でも身じろぎしたら、たちまちこの人物はポケットから銃を取り出してスザクを撃ちかねない。極めて不幸な事にスザクは彼が銃を持ち歩いている事を知ってしまっていた。

「取り敢えず、そこから降りて手を挙げろ。正面はこっちに向けていろよ。」

その台詞と共に彼の右手がポケットに消えたかと思うと本当に銃が出てきた。一体何処で購入したのか、軍で通常使用されている銃である。冷や汗が止まらない。言われた通りにベッドを降りて、それから両手を上げる。前を向いていろと言われても直視できる度胸もなく、顎が半ば下がり気味である。銃のヘッドに付いている赤いランプが死の信号に見えた。どうしよう。どうにもならないんだけど。

「人が遅くなると告げておいたら部屋に忍び込んで不埒な真似か?若いと盛んなことだな、枢木スザク。」

忍び込んだわけではなく入れて貰ったんだけど、と必死に弁解したかったがここで口を開いたら威嚇射撃に一発飛んできかねない。それが床や壁に当たればいいが、彼の場合足にでも撃ちそうだったので必死で喉元まで出かかった声を押さえ込む。額を一筋の汗がつたう。その様子を見て、彼は底意地悪く、まるで悪魔のように笑うのだ。そうさせるのは人を丸め込み、虐める時の歓喜。

「もし良ければ撃つ場所を選ばせてやるが?どこがいい。二度と妙な気を起こさないように、その股の間のものでも撃つか?それとも生死を賭けて腹に一発?足の甲に撃って歩けるか試してみるのも良いな。」

「どれも…」

「俺としてはその目障りな面に一発ブチ込んでおきたいんだがな!!?枢木。」

彼は滅多な事ではスザクの下の名前を呼ばない。呼んだ場合は親しさの欠片もないフルネーム呼びで(周りで聞いている人間が逆に凍り付く声で呼ぶ)、常に名字呼び捨てである。それも滅多な事ではなく殆ど「おい!」「お前!」「貴様!」の何れかになる。一体全体何故にここまで嫌われているのか。心当たりがありすぎるのだが、それを認めるのも結構悲しいものがある。何しろスザク自身は彼に嫌われたくないのだ。

何より愛しい想い人であるルルーシュ、その双子の兄である彼、ゼロには。

「ゼロ、ちょっと落ち着こう。」

「誰が貴様に名を呼ぶ事を許可した?」

「すみませんでした…。」

傍から見たら情けないことこの上ないスザクの声も仕草も、本人は至って本気である。おふざけしているわけでもない。何しろ人生で出会うかすら分からない『命乞い』の瞬間に、今まさに当事者として置かれているのだから。スザクが情けなく身を縮こまらせている間もゼロの怒りが収まる気配はなく、それに対してこれと言った対策も思い浮かばない。スザクはこの状況を作るきっかけとなった人物を思い浮かべ、それでも心から愛おしげにその名前を呼んだ。

(ルルーシュ!!!)

その彼は今もスザクの隣のベッドですやすやと寝息をたてていた。安らかな、可愛らしい寝顔。余程疲れていたらしく、夕方だというのに目覚める気配もなく昏々と眠り続けていた。それはスザクがお茶を入れにたった数分の間に起きた事で、戻ってきた時には今の状態。そして現在も継続中。

告白します。全ては自分の小さな過ちでした!!!

柔らかそうな頬に髪、そしてベッドの上で優美な曲線をえがく体。崩れて放り出された長い足なんて眼福もので。くしゃくしゃになったシーツの上、制服を着たまま眠る想い人があまりにも可愛く、つい衝動を抑えきれずに僕は行動を起こしてしまったのです。決して、いやらしい事をしよう!と思い立ったわけではないのですが、せめて体をくっつけて眠ってみたいな、と。子供の頃やったように。そうすればきっと体に自然に触れる事もできるし、時折嗅ぐ事のできるルルーシュの匂いも…、なんて思って彼の上に四つん這いになったのがいけませんでした。入ってきたのがナナリーならまだ良かったのに。


神様、残酷です。
何もこの世で一番恐ろしい人にその瞬間を目撃させる事ないじゃないですか。


「準備が出来たら、声に出して神に祈れ!」


今その神様を呪っているところだなんて、口が裂けても言えません。









end