【裏第一話 魔神が生まれてしまった日】






「血糊が…。」

先ほどまで血溜まりの中にいた少女がむくり、と起きあがる。ルルーシュは不可思議な構造の制服のポケットに手を突っ込み、ハンカチを取り出すとそれを少女に渡した。するとにっこり微笑んで彼女はそれを受け取る。

「ありがとう。」

「…衝撃的な役ですね。」

貴方も大概ですよ、と返され、それもそうですね、とルルーシュは笑う。右手を差し出すと少女は戸惑うことなくその手を取り、起きあがる。真っ白な衣装が見事に赤色に染まっていた。C.C.さん、と役名で呼ぶと彼女は呼び捨てでいいですよ、と言う。薄く艶めく唇が形良くルルーシュの名前を呼んだ。年の近い彼女は、確か舞台志望の女優で、と自己紹介された時の記憶を探る。その間に今だ繋いでいたままになっていた右手を引っ張られていく。

「台本に『邪悪な笑み』って書かれてたけど、見れなくて残念だわ。」

何しろ目を瞑ってたし、と呟く彼女は役通りの笑顔を浮かべていた。C.C.がする、余裕と謎を秘めた笑み。ふふ、という笑い声にルルーシュは心中かなり複雑になる。もしやかなり変わった人なのだろうか…。けれど演技は中々の物だし、対応も、至極大人な人だ。年は近いけど。

「…そんな所を楽しみにしてたんですか?」

「人の歪んだ表情は好きなの。複雑であればあるほど、いい。惹かれる。」

杞憂であれ、と願ったけれど、これから一年付き合う彼女はどうやらかなり変わった人物らしい。ルルーシュはそっと溜め息をついてから、後でモニターで見てくださいと言った。そうするわ、と楽しそうな声が返ってくる。廃倉庫の片隅に辿り着くと、そこには監督とスタッフ、軍人の格好をした大勢の役者が帰路の空気に包まれていた。ふとモニターをチェックする監督に目を向けると、その隣にこの場面に関係ない役者が一人立っていた。

「お疲れ様でした。」

「お疲れ様。」

C.C.の挨拶に彼は同じ言葉を返す。彼は"枢木スザク"、ルルーシュの"親友"だ。何故か先ほど撃たれた場面のままの歩兵姿でいる。ルルーシュがお疲れ様でした、と礼をすると彼はゆったりとした微笑みで持って挨拶を返した。その隣にC.C.がしゃがみ込んでモニターを満面の笑みで覗き込んでいる。

「どう?感想は。」

「緊張…しました。」

「最初はそんなもんだよ。でも割と慣れて見える。」

それはありがとうございましたと言うべきだろうか、と少し戸惑っていると彼は見抜いた様に目だけで笑った。何しろ自分と比べて彼の芸能歴は相当なもので、完璧な子役あがりである。しかも名子役のお墨付き。大先輩に褒められたら素直に喜ぶべきだろう、と思いながらも表情はそれについて行かなかった。

「頭、大丈夫だった?」

「え?あ、はい…。」

「そう。」

大丈夫も何も、ちゃんと右腕で庇って貰ったから怪我のしようもない。目前で自分の瞳を覗き込んでいる彼にどう対応して良いものか、ルルーシュは心底量りかねていた。何しろ役とのギャップが強すぎる。枢木スザクは”枢木スザク”ほど笑わない。どちらかと言えば自分がやっている”表のルルーシュ”の方に印象が近いかもしれない。笑ってもあまり人を寄せ付けない、どちらかと言えば予防線、社交辞令の笑顔。一人称は俺。言いたい事はびしばし言うくせに立ち回りが上手いのか何なのか、人を封じ込めるのに長け、多分かなりの毒舌家、だ。しかしそのはずの彼はまたイメージの違う、優しいお兄さんの笑顔(実は二つ年上)を浮かべているのだからもう堪らない。どう対応して良いのかサッパリだ。

「あのさ、その目の色って地?」

しかもまたもや唐突な質問。藁にも縋る思いで傍らのC.C.を見たが、所詮藁は藁だった。鼻歌交じりに鑑賞中。瞳を覗き込まれ、反射的に身を引く。だがまたしても思わぬ行動に出られた。腰に腕を回され、ぐい、と身を引き寄せられる。ふぇ!?と酷くマヌケな声が出、そうになった。

ちゅ。

まるで漫画の様な擬音を立てて唇が鳴った。一瞬真っ白になる思考回路。目の前には今までに見た事もないほど楽しそうに微笑む枢木スザク。で、俺は一体何をされたかというと…

キス…された!!?

「///あっ、えぇ!!?」

「そのうちさ・・・」

はい!?と思わず返事をすると彼は何故か嬉しそうに笑った。多分今自分は顔が真っ赤になっている。重ねられた唇を隠したい衝動に駆られ、手の甲で口元を拭うと彼はその手すら取って、指先にキスを落とした。もう、言葉にすらならない。何が起こっているんだ・・・!!?


「その瞳に俺しか映らなくなるから、覚悟しておいて。」


とんでもない口説き文句をさらりと口にして、枢木スザクは"枢木スザク"の笑顔を浮かべる。その笑顔も言葉も冗談としか思えなかったが、逸脱しかけた思考は強制的に現実世界へ引き戻される。


彼は、もう一度、口づけを贈ってきた。









end