【裏第二話 覚醒の白き鬼子】
「お〜めぇでと〜ぅv」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
うわっ、もの凄い冷たい目で見られた…。久しぶりだけど本当に相変わらずだな君は。ご丁寧に殺気まで付けてくれて。その沈黙を訳するとこうだろうか…『頭腐ってんじゃないですか?』。多分、我ながら近い訳。
「お久しぶりです、ロイドさん。」
先ほどまでの会話はありませんでした、と言わんばかりに今度は花も綻ぶ様な笑顔で挨拶。本当に変わってないな君、と呆れ混じりに漏らすと、心底余計なお世話です、と返ってくる。その笑顔の方がらしいのはらしいけど、少しは取り繕ってみてもいいと思うよ?
「今更何を。」
返事の余地もないほど完璧に端的に返される。あぁ、そうだね、今更だよ俺達の関係じゃ。
「久しぶりに共演した先輩の役作りに付き合おう、というちょっとした良心はないのか?」
「完璧でしたよ。変態眼鏡。」
ではそういう事で、と白い衣装を着た彼は微塵の未練も見せずに右手に向き直る。そこには先ほどから自分達の会話を恐る恐るという体で見守っていた一人の少年がいた。御婦人方が羨むのではないかという程、美しく梳かれた黒髪に極上の宝石のように深い色を持つ瞳、雪と形容するのが相応しいほど白い肌、そしてそれらが絶妙に配置された事で生み出されたその姿は自然の芸術品と言って差し支えない。そういえば監督が、彼を捜し出すのが一番苦労したと言っていたこの作品の主役、ルルーシュ・ランペルージ。間近で見ると本当に綺麗だ、と素直に感心する。
「ルルはもう少し心の奥底から黒さを滲ませてもいいと思うよ。まだ全然やりすぎてないから。」
「そう、ですか?」
「うん。やりにくいとは思うけどね、頑張って。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
傍目からそのやりとりを見ている自分としては対応=沈黙しかない。取り敢えずその笑顔は何だとか散々俺の事は拒絶しておいて自ら演技指導かよ、とか何を愛称で呼んじゃってるんだとか、ごくさりげなく前髪を耳にかけてやる、セクハラ紛いのボディタッチは何だといった突っ込みは全て飲み込んだ。どうせ言うだけ無駄なのは十年の付き合いで分かっている。それにしても気の毒なのはスザクの猛攻を受けている彼の方だ。
「今後の展開を見越すと分かるけど、今のルルーシュはスザクが死んだ、と思って結構吹っ切れてる状態だから。全体の話の中でも異質な状態かな。」
今までの人生の中で彼がこれほど親身になって対応しているのを見た事がない。(あくまでも自発的に)かつて無いほどに目が本気だ。そしてその本気の彼にルルーシュ君はどう対応しているかというと若干戸惑いながらも真剣に話を聞いている。台本と睨めっこしつつメモをとり、思案に耽りと。その対応を見て分かった事はひとつ、彼が酷く純粋な子であるという事。普段から"ルルーシュ・ランペルージ"の様な黒さは微塵も持ち合わせていないから、役作りの時には苦労するだろう。スザク談、ではないがアドバイスは正しい。撮影終了後の笑顔を見たが、早くもスタッフ内では『ギャップ萌え』という謎の言葉が飛び交うほど可愛らしい。スザクが気に入るわけだ。汚れたものは清らかなものに惹かれるという民間伝承は真か…。
「何をごちゃごちゃと考えてるんですか。」
五月蠅いですよ?と射すような笑顔が惜しげもなく放出される。苦笑を禁じ得ない。あぁ、可哀想に後ろでルルーシュ君が困っている。おろおろしている。スザクのような邪なつもりはないが放っておけないというのは確かな気持ちだ、と慰めと励ましの言葉をかけるつもりで俺は手をルルーシュ君へと伸ばした。あくまで、肩をぽんっと叩くだけのつもりだったのだが何故かその手首を光速でスザクに捕まれる。ガッ!ミシッ!という音が耳に痛い。
「セクハラは止めてください。」
「…君は存在自体がセクハラだと思うよ…?」
ぎりぎりみしみし、水際の攻防戦。震える腕と腕で押し合い圧し合い。あぁ、もう、ルルーシュ君が滅茶苦茶困っているじゃないか。俺は別に君を困らせるつもりは無かったんだけどね、全部ぶち壊したのは明らかにここにいる童顔の悪魔だよ。本当に、彼の噂を十分の一でもいいから君の耳にいれてあげたい。手遅れになる前に…。
「セシルさんとの事もさ?」
「セシルとは良い友達です。」
年上の俺がさん付けしてるのに何で年下の君が呼び捨てなんだ…。まぁ俺は彼女とそれほど仲が良いというわけではないから仕方がないが、それにしたって酷いんじゃないかと思う。必然的に三人になる事が多い俺達だけどカメラが回っていない時の疎外感、そして甘い空気。そんな事を考えていると後ろから覚えのある甘い声が飛んできた。
「スザク君!」
振り返らないでも誰だか分かる。彼女は未だ俺の手首を掴み悪魔の様な笑み(主観なので客観的に見たら天使の様な笑顔なのかもしれない)を浮かべる彼に好意に溢れた親しげな会話を交わす。今日は大変だったわね、その格好似合ってるわ、今度会えるのはいつかしら?等々。ちなみに俺の存在は完璧に無視されている。
「それじゃあまた今度ね?良かったら食事にでも誘って、スザク君。」
「えぇ、機会があればまたね。お疲れ様、セシル。」
ほんのり顔を赤らめながらお疲れ様!と去っていく彼女は元気で朗らか、魅力的な女性だと思う。俺の存在に気付いてくれさえすれば…。会話が終了すると同時に漸く手首の拘束を解かれる。見ると真っ赤になっていて絶対痕が残るな、と抗議すれば、長袖着てるんだからいいじゃないですか、とそれだけ。
「それじゃあ行こうか、ルル。」
セシルさんと話している時とはまた違う声音、稀少とも言える声で呟き、スザクはルルーシュ君を促す。さりげなく腰に手を回しながら。そのスキルを一ミリグラムでもいいから分けて貰いたいものである。しかもロイドさんはちょっと変わってるから気を付けてね、と余計なアドバイスをしているものだから一体この男はどれだけルルーシュ君に人を近づけさせない気だ、と恨みがましく視線を送ってやったらまたも無視された。はぁ、と溜め息を漏らし肩を落とした。耳には、去っていく足音だけが聞こえる。
「お疲れ様でした。ロイドさん。」
え?と思わぬ声に顔を上げるとそこには足を止めて振り返っていたルルーシュ君。丁寧に頭を下げて、先輩である俺に対して真っ直ぐな姿勢で迷いのない笑顔を浮かべる彼は、とても眩しい。と同時に純粋に喜びが湧いてきた。もしかしたら俺の立場を一番良く理解してくれるのは彼かもしれない。そう思うと、ただただ救われた。ルルーシュ君の腰にまだ手を回しながら(どうやら離す気はないらしい)絶対零度の視線で睨み付けてくるスザクはお互い様とばかりに無視しておく。
波瀾万丈の特派。
もしかしたら唯一の救いに、彼はなってくれるかもしれない。彼とならきっと普通の会話が出来ると思うのだ。気を遣う先輩後輩関係だとか、何故かちくちくと悪意で射される関係とは離れて。ただ唯一の難点は、
本編中、彼との絡みが一切ない事だが。
end