【裏第三話　真のクラスメイト】






実に遺憾な事だが紅月可憐はその名前通りの女の子であった。
お嬢様、と呼ばれる家に生まれ型にはまった英才教育で育て上げられ、自身も望まれる通りの気性を兼ね備え。しかし何時からだっただろう。テレビを見て、野原を駆ける活発な少女に、男勝りの言葉を使う決して美しいとはいえない少女達に憧れを抱き始めたのは。けれど憧れが現実に直結する事はなく、可憐は平凡とも言える人生を打開する策は持たなかった。ただ一つの方法を除いては。

『女優になります！』

そう宣言した時の親の顔といったら…、いやいや、滑稽と一蹴するには悪い。可憐が普通に女優になっていれば親の様相に何も笑点など無かったはずだ。悪かったのは可憐だろう。役にお姫様のようにお淑やかな理想的な女の子、ではなく、お世辞にも行儀の良いとは言えない、しかし快活に賢明に生きる男勝りの女の子、を選んできた。しかし何時だって後悔はしていない。それは今も…。

「はい、可憐さん。」

バスローブに包まりながら椅子に腰掛けていた可憐の目の前に見るからに温かそうなカップが差し出される。細くて白い指に濃いクリーム色のカップが乗っている様は、それだけで絵になりそうな確信を秘めていた。可憐はカップをお礼と共に受け取ると、隣の席に座るようにルルーシュを促した。

「すみません。本当に何回も…。」

「ううん。いいの、いいの！年頃の男の子なら当たり前だもの。」

既にTAKE4。問題の場面はカレンのシャワーシーンであった。しゅん、と項垂れた少年を前に、可憐は微笑ましげに口元を緩める。幼い頃から造形に敏かった父もあって可憐も絵画・彫刻など一般的な芸術に精通している故あって単純に美しいものは好きだった。のでルルーシュには最初から好印象を抱いていたし、制作現場での振る舞いからいい人、今は年通りの対応に可愛い人、とトントン拍子に可憐の中での評価は上がっている。流石に長時間は風邪を引く可能性があるため、現在体を暖める為の小休止を取らせて貰っている状態である。

「頑張って役に…なりきります！」

そう言い切った少年の真摯な瞳に可憐は優しく笑った。するとルルーシュはまた、ちょっと照れたように顔を伏せた。可愛らしいその仕草に、あらあらと可憐は頬に手を当ててその様子を見下ろした。
”ルルーシュ・ランペルージ”という少年は実に淡泊だった。女の子の裸を見ても、ほぼ無反応。台本を読んだ時はちょっとぐらい顔を赤らめるぐらいしてみせればいいのに、と女心に不満を抱いたものだ。そしてTAKE１。実に少年らしくルルーシュはカーテン越しに見たカレンのシルエットに顔を赤らめてしまったのだ。上擦った声が儚げに謝罪を述べるのを、可憐は嬉しげに聞いていた。こういう女の子扱いされた対応は久しぶりなだけに、かなり新鮮だ。(役者としては、の経験である)

「でも、私も悪い事しちゃったわね。あの噂は本当だけど…ごめん！力加減は上手いから気にしないで！」

その言葉にルルーシュはかなり驚いて、けれど暫くしてふっと微笑んだ。その笑顔は"ルルーシュ"が"ナナリー"に見せる笑顔で、一瞬にして自分の顔が赤くなる。なんだろう、これはどうしたことだろう、と内心オロオロしていると、視界には自分と同じぐらい顔を真っ赤にして困惑しているルルーシュが映った。あ、あれ？まさかこれって…予想外の私の反応につい自分まで恥ずかしくなって、というものだろうか。可愛い…。

「うん///噂は聞いてたけど･･･えっと‥気にはしてたけど、気にしないでやろうと！でも…ゴメン、結果的に可憐さんに気にさせてしまって。女の子にこんな事言わせるのは…本当にゴメン！」

「え！？ううん！私が悪いのよ、そんなの！あんな噂があって気にしない方が変だもの！何しろこんな場面じゃ…ねぇ？///」

二人して顔を真っ赤にして低頭しあっている様は傍から見ればかなりの挙動不審であろう。しかしルルーシュも可憐も至って真剣だった。もしかしたら可憐の方が申し訳ない気持ちは大きかったかもしれない。何しろTAKE3以降は明らかに可憐に非があったからだ。問題の場面は、カレンがルルーシュに頼み事をし、ルルーシュがカーテンの隙間から腕を差し入れる場面。そこでカレンはルルーシュの腕を掴まなければいけないのだが・・・つい勢い余って腕を強く掴みすぎたのだ。ルルーシュの口から明らかに苦渋の声が漏れた。多分、かなり痛かったのだろう、その後は腕を掴む前に若干身を引かれることとなり･･･現在に至る。笑い話にしかならない。ちなみに噂話とは、第一話でグラスゴーの操縦桿を強く押し出しすぎて折ってしまった、というものでこちらも可憐には笑い話だが周りには洒落にならなかったらしい。勢いのある場面だから単に力加減を間違えただけなのに･･･、と思ったのだが未だに折った猛者はいないらしい。何故だ…。

「…あと//五分したら撮影…始まるって。」

ルルーシュが時計を見て可憐にそう告げた。さすがに無駄に気恥ずかしいこの空気には耐えかねたらしい。可愛いなぁ…。話題を変えて立ち上がったルルーシュに、同じく準備のために可憐は立ち上がった。頑張りましょう！はい！と気合いの一声を掛け合って真っ直ぐ前を見つめる可憐。問題のシャワールームは学校の中かと嫌みを言ってやりたいほど立派。飲まれないように、力加減を考えて、と呪文の様に頭の中で反芻する。ふと隣に目をやると、自分以上に強張っているルルーシュ。

「大丈夫よ！次はいけるから！」

「へっ！？あっ！え、うん、そうですね！」

「…何か別の事考えてた？」

気合い一発と背中を叩いて(ごくごく弱い力で、だが)励ましの言葉をかけたつもりが、何故かルルーシュは現実に引き戻されて驚いたような顔をしている。不意をつかれて上げた声も心なしか可愛かったが。不審な様子に訝しげに見守っていると、ルルーシュは背中を窄めて辺りを伺ってからぼそり、と可憐に耳打ちした。

「今日はスザクさん、いないんですね。」

スザクさん、その五字の発言に可憐は思わず、ルルーシュを抱きしめてしまった。バスローブ一枚しか身につけていない為、必然的に胸が当たる感触も生々しいのだろう、ルルーシュが真っ赤になって上擦った悲鳴を上げているが気にしない。彼は今日は別のドラマの撮影だし、最後の場面は別場所で撮ってあるから、と背中を撫でながら言い聞かせる。思い浮かぶのは向こう二話の二人の様子。あれをセクハラと言っていいのかもう可憐には分からないほど、スザクさんは(先輩なので一応さん付け)ベッタリとルルーシュにくっついていた。傍から見れば恋人の距離である。が、そうでない事はルルーシュを見れば分かる。彼はごくノーマルな人間だ。そうですか、と安堵した様に呟く彼を見て可憐は…思いっきり庇護欲をそそられた。


「大丈夫。貴方は私が守るから！」


今もこれからも！と役通りなんだけど場違いな台詞を可憐は精魂込めて吐き出した。
守られるだけではつまらない。男より強い女の子の良いところは、


男の子を守れるところ！


可憐はカレンとして、ひっそりと早すぎる決意を固めた。









end