所詮、全てを望む強欲者です。
【強欲者にアザレアを】
「ス〜ザ〜クぅくん!」
頭に響く声だ、とこの人の声を聞くたびに思う。しかも一回聞いたら忘れたくても忘れられないから、きっと自分は気分が悪くなるのだろう。思い通りにならない、という点において。
「お久しぶりです。サー・ロイド・アスプルント。」
「うんうん、ちゃあんと言えたね。」
「………本日はお日柄も良く久しぶりに春の天気になりました。ここ数日の寒さにも関わらず、お元気で、本当に、何よりです。」
版を押したような典型的挨拶と爽やかな笑顔で返したスザクに、またまたロイドが爽やかな笑顔を返す。会話こそ和やかだが、実は馬上の二人は傍目から見れば鬼気迫るほどの全速力で路道を走り抜けている。よくもそこまで悠々と会話ができるものだと大抵の者を目をむくだろう、が、二人はまるで馬の足を止める気配がない。むしろ止めるという選択肢すら存在しない。
「何か御用ですか?」
「キミは相変わらず忙しそうだねぇ。」
「…僕は勝手に色々動いているだけですから。貴方こそお忙しいでしょう、サー。」
望んだ返答の代わりに嫌みが返ってきたので、須く嫌みで返すと「うんv」という嫌みを呆けで返したような返答がなされた。最もタチの悪いパターンに、スザクは自分の頬が引きつるのを感じたがロイドは案の定呆け通しである。一拍間をおくと気を取り直して用件を聞き直す。
「実は皇子様のコトなんだけど。」
ロイドがスザクに対して皇子様といえばそれはひとりしか指さない。スザクは仮面の表情をふっと降ろすと、真剣な表情でロイドを見た。それに応えるようにロイドは彼特有の笑みを浮かべる。こちらも、表向きの仮面を外した。
「今度の七夜会に出席するってさ。」
ズザザザザッ!と土煙と共にスザクの馬の足が止まる。それに併せて、ロイドが見越したかのように飄々と馬足を止めた。射抜くような視線で自分を見つめるスザクを、彼はからかいでもって翻弄する。
「まぁ出るように言って聞かせたのは二番目の皇子様でえぇ、それでも皇子様は真剣みたいだよ?」
やるからには結果を残す人だからねぇ、と他人事のように呟くロイド。スザクはその意図を酌み取りながらも怒気を孕んだ視線を降ろす事はできなかった。忠告でもあるだろう。しかしロイドは明らかにスザクの立場をからかっている。
七夜会。
それは一年に一度、七日間だけ開かれる王宮での、騎士のための夜会の名称である。
騎士に常に主がいるとは限らない。常に優秀な主に優秀な騎士が集うとも限らず、優秀な騎士が優秀な主につけるとも限らない。基本的に主と騎士の力関係には、歴然とした一線が存在し、各が相手を選べる場は限られている。
七夜会は、それを解消するために催される唯一の公式行事である。
国中から優秀な騎士が集まり皇子皇女を拝見する。その場で騎士は七夜間、主を見定め、そして騎士が名乗りを上げるのだ。この場限りに置いて、騎士にだけ絶対的に名乗る権利が与えられる。そして指名権のない皇子皇女には優秀な騎士を引き込む口論と品位、知識、人間性、の全てが要求されるのだ。優秀な騎士はそれだけで主の評価に直結するから、指名権が無い事に不満を訴えながらも皆必然的に必死にならざるをえない。そして選ぶ方の騎士も、生涯仕える主を捜す事に必死である。
スザクはこの七夜会でルルーシュの騎士に名乗りを上げたのだ。そして、断られた。
「キミは今年どおするの?」
「出ます。」
出ない道理がない。
「皇子様に騎士が名乗りをあげるのを邪魔でもするのかい?」
「必要なら。」
スザクは至極当然の様にそう答えた。騎士が他の騎士を退ける事は茶飯事的に行われるのでスザクの答えはそれほど珍しいものでもなかった。だがその理由においる彼の神経は他を逸するだろう。ロイドが馬上で、器用に頬杖をついた。
「独占欲つよいねぇ。」
スザクは答える義理もないだろうと思い、敢えて黙った。実際問題答えるまでもない程にスザク自身の独占欲の強さはあからさまであった。それに気づいていないのは、その対象であるルルーシュぐらいのものだろう。けれど気づいて貰えずとも良かった。それはスザクの内の問題で、ルルーシュが問題にする事ではない。ただ自分が、何があっても傍にいるという意志だけを認識して貰えればそれで良かったのだ。
「まぁ好きにすれば〜?一回断られたら、名乗っちゃダぁメ!っていう決まりゴトもなあ〜いしぃ。それに今更でしょ。」
「えぇ、今更ですね。」
本当に、今更だ。人がその回数を数えたら失笑するほどにスザクはルルーシュへ名乗りを上げていた。そして皆その回数を知った後、こう言うのだ。
いい加減に、諦めたらどうだ?と。
「キミは粘り強いし、忍耐力もある。我慢強いかって聞かれればかあ〜なりぃ、びみょーだけどさ。」
しかしロイドだけはその言葉を言わなかった。冗談ではない、とスザクが反発するその言葉を。
どちらかと言えば、励ましの言葉をかける事も少なくない。そのくせいざスザクがルルーシュに近づけば道を阻む。彼は彼で歴然とした基準があって行動しているらしいが、スザクにはさっぱりその辺りの線が分からない。ただひとつはっきりしている事は、彼が自分を歓迎しなければ邪魔者にもしないという事だった。それも彼の、揺るがない地位があればこそである。
「案外、希望はあるんじゃないかなぁ。」
ロイドは路傍の石ころの様に簡単に『希望』という言葉を投げかける。それはスザクに当たって、微かな音を供に地面に転がった。そしてそれは間違いなく一瞬目を離せば他の石と混じって見分けがつかなくなるのだ。見せかけだけに囚われれば、本質を見失う。侮れば余計なものを掴むばかり。ロイドの言葉そのものだった。
「キミが希望を捨てちゃえば、カンタンに手にはいるよ。」
代償無くして手に入るものなどないという言葉。僕の持つ希望はそんなに安いものだろうか。
引き替えにして手に入ったものに価値などありますか?
引き替えにしたものが、代わりに捨てたものより素晴らしいものだという保証がどこにありますか?
そんな曖昧なものを手に入れるぐらいなら、僕は何も捨てませんよ。
「かもしれませんね。」
そんな簡単なものなど欲しくないと言えば貴方は今度こそ腹を抱えて笑うのでしょう?
『独占欲が強い』って。
笑いたければ先に捨てて見せろ。
end