さて一人と二人で遊びを始めましょう。






【ガーベラと剣舞】






徹夜はルルーシュの癖のようなものである。その度に文句を言う者はいるが強制する者がいないことを良いことに書物や仕事に没頭しては寝るのを忘れる。だが決して昼に起きるなどという事もない。元から睡眠時間が少ない体質なのだな、と勝手に結論づけてルルーシュは昨晩も遅くにベッドに潜り込んだ。寝付きに一杯、ウォッカを煽いで。

「んっ…。」

鳥のさえずりが聞こえる。窓の薄いカーテンから健康な朝の日差しが差し込み、長い光が線をベッドまで延びることでルルーシュは自然な朝の目覚めを享受した。周りから黒の離宮と呼ばれ蔦が絡む外観で恐れられていようとろくに灯りもなく暗い廊下がまるで廃屋だと揶揄されようと家主には全く関係ない。大体朝は皆等しくくるものだ。この離宮で最も明るい時間に目覚め、ルルーシュはまだかすむ視界を服の袖でごしごしと拭いた。白いシャツの袖は昨晩の恰好のまま。また皺だらけになったと怒られるな、と思い見慣れた天井に漸く思考が覚醒した頃合い、ルルーシュは体を起こそうとベッドに手をついた。

「ん?」

その時になって漸く異変に気がついた。体が重くて持ち上がらない。筋肉痛になるような事は昨日した覚えはない。とすれば自ずと自分の上に重い何かが乗っていて、それによって体が持ち上がらないことになる。なんだ?とルルーシュはゆっくりと視線を自分の胸元へと持って行った。そこで見慣れた、銀がかった水色のふわふわしたものが見えた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・。!!!?」

たっぷり十秒はそのまま固まって、ルルーシュはやっと事の次第を把握した。ばたばたと全身を動かし自分を押さえ込む物体から逃れようとするも、そいつは一層自分を押さえ込む。くそっ!と悪態をついて水色の髪をひっつかめば暢気にも熟睡している者の顔が見えた。いつもは冴え冴えとしたアイスブルーの瞳は伏せられ、規則正しい寝息が聞こえる。一体どれだけ図太い神経があればこの現状で寝ていられるんだ!と尚も内心で毒づきながらルルーシュは暴れる。自分の腰に回されている男の腕を恨めしく睨み、寝起きの運動に涙目になりながらルルーシュは暴れた。

「ああ!くそっ!いい加減に起きろ!」

髪をぐいぐい引っ掴めばやっと眉が不快そうに歪められた。それにしたり、と悦にいれば今度は頭をぐりぐりと胸に押し付けられる。寝起きの子供が枕をはなさんと必死に抵抗する様な仕草に、ルルーシュは焦りに焦った。

「おいロイド!!!」

叫べど緩む気配なく。枕、この場合ルルーシュ、に一通り懐き終えたことでまた一層熟睡しだした自分の騎士にルルーシュは思いっきり舌打ちした。ロイド・アスプルント。青の騎士と称される帝国でも名高い、ルルーシュの騎士のうちの一人、右腕である。その男は常の騎士服を綺麗に脱ぎ捨てスラックス及びシャツという何ともラフな格好をして完全に寝る態勢で自分と同じベッドに収まっていた。通常騎士は自分の部屋の隣に用意された控え室で仮眠をとる、はずである。だがそれはあくまで一般常識であり非常識極まり無い事でも有名な己の騎士には通用しなかったな!とルルーシュは自己完結して抵抗を止めた。自分を抱きしめて何とも気持ちよさそうに眠る男。主が寝ていても危険を察知しなければいけない騎士がこれでは駄目だろう、と思ったがそんな小言はこいつが目覚めてからにしよう。ルルーシュは朝の空気を肺に吸い込み、大声を上げた。

「カレン!この馬鹿をどけろっ!!!」

0.1秒のタイミングで重厚な扉がズバーン!と音を立てて開かれる。男でもゆっくりとしか開けられない扉を勢いよく開いた己の騎士、カレン・シュタットフェルトは早朝に関わらずもうきっちりと自分の紅い騎士服に身をつつみ、髪も何もかも整えて万全の態勢であった。ベッドの上の状況を一見で確認するとルルーシュに断ることもなく、何の躊躇もなしに助走をつけて左足に力を込めて絨毯を蹴った。そしてすらりと無駄なく筋肉がついた脚で主の上に居座る不埒者の横腹を固いブーツの踵で突き飛ばした。勿論主には一ミリたりともかすらない。扉からここまで2.5秒。驚異的な動体視力と運動神経がなせる早業である。しかもベッドの上に土足で上がるような真似は決してしない。蹴り上げた後、右手で反動をつけてベッドから放れると空中で一回転して見事に地に着いた。その後ろで横腹を蹴られベッドから落ちたロイドが声もなく悶絶している。ルルーシュは己の騎士ながら拍手を贈りたくなった。

「ルルーシュ様。ご無事ですか!!?」

くるり、とその場で半回転して膝をついたカレン。その瞳は主を気遣うように不安げに揺れている。ルルーシュは答えを返す代わりに自分の右腕を差し出した。カレンは一歩踏みだしさり気なくロイドを踏みながらその手を取ると甲に軽く口付ける。カレンの左耳で揺れる深紅の宝石と、ルルーシュの右指を飾る深紅の宝石が対をなすように煌めいた。そっと離された手に、カレンが頭を下げて一礼する。騎士の鏡のような態度を貫いたカレンに、ルルーシュがそっと微笑んだ。

「済まなかったな、カレン。」

「いえ。貴方様がご無事で何よりです。」

「…カレン君のいて〜…。」

ルルーシュの礼にカレンが微かに頬を染める。その空気をぶち壊すかのようにあがった情けない声にカレンは殺気を込めつつぐりっと踏みつけにして脚をどけた。そして大人しく膝をついた体勢で傍に控える。その前でロイドは億劫そうに上半身を起こし、ベッドサイドに置いていた眼鏡をとってかけた。瞳の色が僅かに和らぎ、呆れ顔のルルーシュを映した。ロイドはそれに上機嫌で笑って応える。シャツの前はほどよくはだけ、見る人が見れば誤解されかねない格好をした二人はベッドの上と下で鬼気迫る会話を交わし合う。

「何のつもりだ?」

「簡易ベッドは味気なくて。さすが最高級のスプリングは体に優しいですねぇ!」

「俺のベッドで寝ている理由ではなく俺を枕にして寝ている理由を聞かせて貰おうか。」

「いや〜殿下ってば抱き心地いうげっ!」

カレンが腰に差していた短刀の鞘でロイドの頭をぶつ。ルルーシュはそれを一瞥して止めさせると、さっと右手を挙げた。それを合図にカレンはロイドの背後に回ると、細いが力は大の男並みの腕でロイドの首をぎりっと締め上げた。スリーパーホールドはアイコンタクトで。美しい主従の意思疎通である。

「カレンくん!ギブ!ギブ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「ロイド。そんなに安眠したければ永遠に安眠させてやろう。」

「ええっ!?そんな!殿下!!せっしょうですよおっとカレン!」

容赦なく締め上げるカレンの腕にロイドがロープよろしくはしはしと叩いて縋り付くがそんな事で忠誠心高いカレンの腕が緩むはずもない。むしろこれに乗じてこの男をあの世に送ろう、などと本気で考えるカレンである。ロイドはカレンの説得は不可能、と判断し自分を楽しげに、本当に楽しげに見下す主を見た。意地悪く刻まれた笑みが今日も美しい、と頭の端っこで考えながら必死に低頭する。

「二度とはしないな?」

「あっやっ!それはちょっと…って冗談ですカレン君冗談です腕緩めて。」

「安心して。私巧いから。」

かなり本気で急所をつこうとするカレンにロイドは持ち前の技巧をもって必死に抵抗する。首の急所を綺麗に締めれば人は簡単に気を失うのだ。そこを狙われつつまだ意識を失わないロイド。どちらも体術はかなりの腕前を誇るだけあり、地味だがレベルの高い攻防戦が繰り広げられる。ルルーシュはそんな己の騎士二人の接戦に感心しながら尚も悲鳴をあげるロイドを見守るのだ。勝負がつくまで止める意思がない。


「ルルーシュ殿下たすけて!!!」


頑張れば抜けられるだろう?怪力を誇る紅い騎士と技巧を誇る青い騎士を見つめつつルルーシュは麗しいロイヤルスマイルを浮かべた。ロイドの右耳に揺れる妖しの青の宝石が煌めくのを満足げに眺め、同じ色のタイピンを指先で弄ぶ。頭は既に眠りから覚醒し、冴え渡っていた。

訓練の為に定期的にやらせるのもいいかもしれない。

そんな事を考えながらルルーシュは昨晩、ロイドを誘惑した酒に酔った自分を思い返した。



黒の離宮。主と騎士二人。今日も平和な朝の始まり。









end