※【花一輪に一人の貴方】の続きっぽい。
寝不足の顔は無様だ、とスザクは心底思う。はれぼったい顔に生気のない瞳に、噛み殺せない欠伸がひっきりなしに口を開く。なんてことはなく格好悪い。バチンバチンという規則正しい音が催眠術のように眠りに誘うのを必死で堪えながらスザクは書類と奮闘していた。書類と言えば聞こえはいい、生徒会許可の判子をポスターに押すだけの作業だが、如何せん単調すぎるのは良くない。スザクの視線は先ほどから幾度となしに正面の人物に向かっていた。
「飽きるよね。」
「その台詞はまず目の前に積み上げられているものを見てから言うんだな。」
積み上げられたポスター。処理済みと未処理の高低差にルルーシュから無情な答えが返ってくる。予想していたこととはいえ冷たい答えにはぁっと溜め息をつけば、規則的なホッチキスの音が止む。予想外の事態に面を上げればそこには少し不安そうに首を傾げたルルーシュがいた。
「どうかしたのか?」
「寝不足なんだ・・・。」
「そんな一目瞭然なことはどうでもいい。さっきから俺の顔ばっかり見て、どうしたんだ?」
言い方は辛辣だが声音は優しい。ルルーシュは自分に対する時と、兄の朱雀に対する時で結構極端な温度差がある。語弊があると困るがルルーシュが極端に自分に対して優しいというわけではなく、単に自分の好意を素直に伝えられるかどうかの差なのだろう、とスザクは思った。常に横柄で愛情の裏返しと言えば聞こえは良いがルルーシュを虐めがちな朱雀に対して、鈍いが真っ直ぐに笑顔を向ける自分とでは態度の表し易さが違うのだろう。それでも最近は兄の朱雀に対する声に、自分にはない甘い響きを感じる。それがスザクには面白くないとは行かないまでも引っかかりを感じさせる。自分達は違う人間だと、誰よりも自覚している自分がルルーシュに関しては想いの差に如実な不満を感じる。平等に扱われないことに、憤りを感じる。そんな考えこそ身勝手だと分かっているのに。
「今日は朱雀、泊まるんだよね?」
「あぁ。といっても軍があるから夕食も何も無しだがな。完全に泊まるだけ、だ。」
「ルルーシュはさぁ…。」
「なんだ?」
相手が男でも良いの?と問えば再開されていたホッチキスの音がぴたりと止んだ。今まで手元に注がれていた視線が自分に集中して、スザクはじっとその紫の瞳を見つめた。相変わらず綺麗な色だと思う。綺麗な顔だと思う。綺麗な人だと思う。何の含みもなく、スザクはルルーシュに対して純粋にそんな評価を下していた。朱雀がルルーシュに惹かれる理由も、スザクは痛いほど分かった。けれどだからこそ触れられない。触れ方が、分からなかった。
「俺は…朱雀を愛してる。」
だから男であろうと、どうでもいいんだと続く言葉を、スザクは喉を鳴らして聞いた。ごくりと唾を飲み込んで、視線だけは逸らさずに逸らされてしまった紫の瞳を追う。声は全く違うけれど、そこにある甘い響きだけは昨晩聞いた片割れと全く同じだった。
『ルルーシュを愛してるんだ。』
あぁなんて甘い言葉。耳が腐って溶けてしまいそうなほど。聞きたくないのに、耳さえ防げない。それならいっそ、口を塞いでしまえば良かった。自分の目の前でゆっくりと動く唇を。
「ルルーシュ、キスするよ。」
「えっ?あっ‥んうっ!」
許可さえ求めずにスザクは衝動のままルルーシュに口付けた。冷静な倫理などなく、散々男が相手だと詰め寄った口でその男をねじ伏せる。別に意味なんて無かった。ただ何となくキスがしたくてスザクは腰を上げた。向かい側に座るルルーシュの肩を右手で引っ掴んで立たせ、左手で頭を押さえる。重なった唇は男にしては驚くほど柔らかくてその時初めて何度もルルーシュに口付ける片割れの、
朱雀の想いを知った。
それが諸刃の剣だと貪った口内の甘さに酔いしれるスザクには理解されない。されぬままにスザクは舌を執拗に絡ませた。溶け合う唾液と荒い息遣いを何処までも追いかけていく。目を開けば涙に潤んだ紫の瞳があった。
(クセになりそう。)
籠から出た鳥