一つ決意をもって扉をノックしてみた。それはほんの気紛れで特に意味なんて無かったのだけれど、後になって思うに自分にとってはとても重要なことだったらしい。軽い気持ちで試すんじゃなかったと、後悔さえした。そんなわけでノックして入った先は、枢木スザクのほぼ唯一といっていい幼なじみルルーシュの部屋だった。

「よぉ!ルルーシュ!元気にしてたかー?」

手に持っていた鞄を振り回す勢いで元気よく挨拶して入室した。お約束というかなんというか、入って良いか許可は貰わなかったのだけれど。入ってすぐにソファに座って読書に没頭していたらしいルルーシュと目があった。このへん本当にがさつになったと思うのだが行儀悪くアイスクリームをくわえながら、数pはあろうかという分厚いハードカバーを開いていたルルーシュはその本を落とす勢いがあるほど驚いた形相をした。今にも空が落っこちてきて天が裂けるぐらいあり得ないものを見た目で此方を見ていたのだ。その目に、ものの見事に挨拶した僕自身も固まった。

「・・・・・・・・なに、か…・悪い、もの・・でも、食べたの・・・・か?」

たっぷり十秒は沈黙した後溶けかかったアイスを口から放し、何とも歯切れ悪くそう尋ねたルルーシュの瞳にありありと心配げな色が浮かんでいて僕はあまりの居たたまれなさに盛大に溜め息をついた。やけにはった胸だとか行儀悪く崩していた姿勢だとかポケットに突っ込んでいた手だとか、全て元通り戻して僕はしっかりと元の自分に戻り、取り敢えずは落ち込んで尋ねてみた。

「なんで分かったの?」
「わからいでか。」

端的に俗語ちっくな日本語で返されて思わず肩を落としてしまう。そんな僕の落ち込みをよそ目に、ルルーシュはいそいそとアイスを舐め始めていた。冷たいアイスはまずある程度舐めて溶かし、それから齧り付くのが彼の流儀だ。その場に立ち尽くして一人沈むのもなんだからと、すごすごといつも通り入室の挨拶をして、テーブルの上に鞄を置かせて貰いソファに腰掛けた。ルルーシュは横向きになって長い足を乗せていたが元々結構大きいソファである。スザクが座るスペースはほんの少し足をずらせば事足りた。尚肩を落としつつ暗い空気を纏うスザクに、ルルーシュは今度はあまり興味なさげに声を掛けた。

「いったい何だってあんなことしだしたんだ?」
「・・・いや、ルルーシュって本当に僕達見分けるの上手いよねーって…。」
「人の顔を見分けるのは基本中の基本の能力だ。双子だからって一々どっちがどっちと確認していては皇族失格だぞ。お前も騎士として社交界に出る機会がないわけじゃないんだ。ちょっとは訓練しておけ。」

善処します、とあまりやる気の感じられない返事を返すスザクに、ルルーシュは溜め息をついて視線を本へとずらした。まだ半分残っていたアイス、溶けかけていたアイスをがしがしと噛む。その横でスザクは一人実験が失敗して、しつこく溜め息をついていた。

スザクと朱雀。

見た目はこれでもか、という程同じである。一卵性双生児であれば当たり前だが子供の頃から同じような環境で同じように体を動かしていたからちょっとした体つきもほぼそっくりである。お互いでも何処がどう違うのかよく分からないぐらいに。これだから今までナイトメアの実験や身体測定も誤魔化し続けていたのだが。ただし素に戻ると性格から立ち振る舞いから何まで違うから見分けること自体はそう難しくはないのだが、戸籍の関係上ひとりの人間として生きていた朱雀とスザクは表にでると無意識に生きやすいよう殻を被る。主にスザクの方に印象を纏める。学園でも不都合がないようにそうしているから、こうなるとまずどちらがどちらか分からない。未だにリヴァルは開口一番どっちか聞いていくる。しかし、ルルーシュは違うのだ。後ろから声を掛けられた時点でもうどっちか見分けているに違いない、と思うほど素早く二人を見分ける。今のところ的中率100%だ。間違ったことは、未だかつて無い。ちなみにナナリーは足音で二人を見分けられるらしい。さすが、としか言えない。

そんなわけで普段は朱雀がスザクの猫を被っているが、これが反対になればどうなるだろうという所からスザクの実験は始まった。まかり間違ってもやったことのない朱雀の真似。別に見分けられるのが悔しいとかそういう理由ではなかったがちょっとした悪戯心が原因である。そういうわけで朱雀の真似をしてルルーシュを騙してみようと思ったのだが、やっぱり間違ってはくれなかった。

「双子を見分けるコツとかあるの?」
「言って置くがお前達はかなり分かりやすい部類だぞ?」
「うっそ…。」
「何で否定するんだ…。まぁ良いが。だいたいそれだけ性格が違ってどうして見分けられないと思うのかがまず分からないな。性格の違いは、顔つきや微かな所作に影響を及ぼす。」
「演技してても?」
「演技なんかじゃ誤魔化しが効かない。根本的な部分なんだよ、それは。」

例えば息継ぎの仕方、歩き方やほんの些細な表情の変化。理屈はない。全て感覚。けれど感覚が掴めれば簡単。間違う事なんてない。存在が違うのだから。お前達は、それぞれ別の人間なんだよ。

ルルーシュの言葉は全て優しかった。優しくて簡単に染みこんでくる。けれどやっぱり彼の言う感覚の部分はよく分からなかった。それが本当なら、きっと世の中の双子は全て見分けられる。ルルーシュが鋭いのか、それ以外の人が鈍いのかはよく分からなかったけれど、事実としてそれは僕達にとってルルーシュが特別と言うことで。それが素敵な事だと思いながら心の何処かで凝りを抱える自分が少し嫌になった。僕達二人を絶対見間違い理由。それが愛の力だったりしたらどうしよう、と思うのだ。

多分それは比重が明確にどうなっているか知っているせい。天秤で量ればどちらが掲げられるのか知っているせい。そういわれなかった事に安堵しながら、二人を簡単に見分けてくれるルルーシュに嫉妬する。そうやって泥沼にはまっていく内に自分が何をしたかったのか知ってスザクは落ち込みに歯止めが掛けられなくなった。もしルルーシュが二人を見分けられなかったらその時は、


朱雀の振りをしてルルーシュを抱こう。


そんな卑怯な事を考えていたのだ。あんなに僕達は違うと言ってくれる人の前で。






鳴く泣く啼く人