【絶望の隣で、希望に寄り添い】
自分が乗るナイトメアと同じ、白の衣装に腕を通し僕は僕の主となる人の前で膝を折り、剣を授かり、そして丁重に名と礼を述べる。
多くの者が憧れる夢の舞台に立ちながら、僕はずっと冷静に、まるで観客のような気分でその儀式をこなしていた。現実味が薄く体が宙に浮く。感慨深い、と言う言葉は残念ながらその時の気分に当てはまらなかった。自分が望む道の上で、これほど重要なこともなくまた必然な事も無かったはずだったのに。
中から変えていく。
そのためには必要だった。何よりも地位と、名声と、そして権力が。そのために名誉ブリタニア人の自分が選べうる道も少なく、騎士候という身分は非常に魅力的だった。まだ十分足掛かりを作れる可能性のある身分。そして兵器の騎手は正真正銘騎士となったのだ。打算的である事が申し訳ないとも感じたけれど、それでも素直に喜ぶべきだった。己の心のままに。何より自分が使える人は、理想的な人だったのだから。
高潔な精神に、潔白の美と清廉な理想を兼ね備えた慈愛の姫君。
その望みに応える事に迷いはない。与えられた役目があるなら全てを賭して仕えよう。剣を振るい、時には盾となり誠心誠意仕えよう。それが僕を指名してくれた彼女への報いにもなる。そう思った。けれど気分は高揚しない。胸の高鳴りもない。全てが、理想的なのに何故?不満なんてあるはずがない。僕は騎士となり力を手に入れ自分と同じように世界を願う人を主とし、中から変えるという言葉を夢物語にせずに済む。それなのに何故?何故?
夕焼けに染まる教室で跪く人がいる。
僕が高貴な赤い絨毯の上でそうしたように、赤く染まった傷混じりの床の上で
僕が踏んだ手順を何一つ違う事なく、僕が閉じなかった瞼を僕以上に全てを見届ける様に瞑り
玲瓏な剣を受け取る代わりに捧げられた優美な手を取り、そして口付ける、跪いたまま
見慣れた場所だった。決して神聖な場所でなかった。ありふれた日常の舞台。けれど不意に胸が圧迫されるほど綺麗だった。なんて事はない場所なのに、捧げられる行為は僕がした以上にずっと綺麗だった。その理由を、僕は跪く人が開いた瞳に確かに見た。
滲み出る愛おしさと慕わしさ、優しさ、微かな哀しみに覚悟と尊敬を込めて。
「私は貴方の騎士となり、永久に共に傍にあり、全てを賭し預け、貴方を守ることを誓います。」
読み上げた台詞はまるでお伽噺のよう。そしてその人の目線の先には、またお伽噺のように美しい人がいた。何一つ臆することなくその言葉を受けるその人は、最愛の妹に向けるのと同じ優しい眦で自分に跪く人を見ていた。綺麗な光景だった。名のある画家が題材にするに相応しいほど美しい。百人いれば百人が口を揃えて感嘆する光景に、ただ単純に綺麗だと片付けられない自分の心を知って、僕はその時初めて自分の本当の心を知った。
認められ力と地位を与えられ言葉にするも恐れ多い名誉を受けて理想の主に信頼を寄せられ全てを賭ける機会と願いを叶える機会を与えられながら素直に喜べなかった自分の滑稽なまでに単純な心を。
いたのだ。
常に傍にいて命をかけて守り慈しみ愛し抱きしめ捧げ自分に命と意味と喜びと思い遣りと人に連なる全ての感情をくれ自分を迷い無く愛してくれるこの世でたった一人の目も眩むほどに美しく儚い大切な人が。
理想の主を得た。
自分が罪を償う為に掲げた目的と生きる理由に殉じさせてくれる理想の主を。それが光に向かうようでいて果てしなく闇に堕ちる生き方であろうとも、今の自分が存在する理由の体現であり為した事の証だった。過程を追い求めた末の、喜ばしいほど順当な結果だった。常に人の命を第一にして綺麗な言葉だけ吐き曲がった生き方を良しとしなかった自分の、たった一人の主。
けれどそのなんと感情の遠いこと。
主の事は好きだった。優しい人だと、強い人だと思った。尊敬できる人だと。だから共に歩む事が出来れば良いと思った。手助けをし、もしその人が危地に立てば自分に出来うる限りの力で守る。それが出来ればなんて”光栄”な事だと。
思ったのだ。けれど。
愛していたわけではなかった。抱きしめたいわけでもなかった。永遠に、何があっても傍にいたいと思ったわけではなかった。全てを賭けても良いと思ったけれど全てを預けることなんて頭に無かった。結局全てが何処までも独りよがりで冷たい理想に基づいた結果の、思考だった。それを知ったのは、目を背けたくなるほど純粋な自分の想いを知ったから。
ルルーシュ。
忠誠を誓われている人は僕の大切な愛しい人。
跪いているのは、紅の髪に深海の蒼を瞳に持つ一人の女性。カレン・シュタットフェルト。
何故彼女が彼に跪いているのか、そんなことはどうでも良かった。理由を知りたいとは思わない。その行為の意味も。それが僕の心を突き指す理由であるわけではなかった。ただ、跪いているのが自分ではないことがたった一つの理由。
其処にいるべきは僕。
その手を捧げられるのもその優しい、夢にまで見た眼差しを向けられるのも僕。
そうでなければならない。だって心が求めるのだ。その光景に自分がいる様を。
――― 代わって。
代わって。お願い。でないと心が張り裂ける。其処にいたい。其処にいないと。
僕なら彼に全てをあげられるんだ。彼を抱きしめて、彼を安心させてあげることも容易い。幸せにすることだって難なく出来る。その為なら他の何を犠牲にしてもいい。今までは心配もかけたけどこれからは彼が安らぐことだけしてあげる。白い服だって脱ごう。理想のままに死んで幸せになりたかったけれど、僕の幸せはもうずっとこんなに近くにあった。だから捨てるよ。君の傍にいるために必要なのはこんなものじゃない。君が大切にしている日常の、この黒い服を着て。毎日一緒に傍にいて、ふれあっていよう。
だから退いて。お願いだからその場所を僕に譲って。僕に残されたたった一つの
――― たった一つの純粋な想いを奪わないで・・・っ!
end(ここは私の場所)