【痛々しいほど、独りで生きようとするから】






机に腰掛け暮れなずむ窓の景色を眺める、その人の後ろ姿は悲しいほど綺麗だった。
真っ赤な色の中で溶け合うこともなく白い雲を眺める彼が何を思っているか、カレンは知らない。 けれどその後ろ姿に誰も寄せ付けず誰も求めない空気を感じとった時ほど悲しいものはなかった。 まだ触れ合う事はできず、カレンも少し遠くの方で机に腰掛けじっとその光景に見入っていた。

先ほどカレンは、ルルーシュに騎士としての自分の懇願を果たした。

その後廊下を走り去った足音にカレンは意図しておきながら何も感じなかった。ただ目の前で自分に向かって驚くほど優しい笑顔を浮かべていた、今は主となった人だけがその時全てを支配していたのだ。それ以外の者がどう思おうと何を感じようとカレンは知ったことではなかった。ただこの光景に嫉妬を感じるなら、カレンは侮蔑と嘲笑を持って迎えるだけだ。何より、自業自得だ、と。

「お前も大概だな。」

突然予期せぬ方向からかけられた声に警戒して振り向くと、そこには見慣れた少女がいた。がその格好を見ると思わず苦笑いしてしまう。自分と同じ制服に長い髪を二つにくくり、眼鏡をかけている。残念ながら浮いているその変装姿。カレンは半分ほど振り上げていた両手を降ろし、その少女と対峙した。

「別に、私は私の願いを果たしただけよ。」

「まぁそうだろうな。お前の純粋な願いを責める理由もないわけだが…嫉妬していたか?」

その言葉にカレン喉を詰まらせた。ぐっと、掌に不要な力が掛かる。不意打ちを食らって返す言葉もなく立ち尽くす。そんな自分の一連の動揺を見て、カレンは次の瞬間には全身から力を抜いていた。その様子を見てC.C.は何も言わずに静かに笑う。カレンはその笑顔を見て、やはり、と思った。何と言うことはない、結局彼女も自分と同じなのだから。

「貴女に言われたくないわ。」

肩をすくめる。それを肯定と受け取ってカレンはすっくと背筋を伸ばした。そして振り返ると、そこにはまだ先ほどと同じように窓辺に佇むルルーシュの姿があった。先ほどと寸分違わぬその光景にカレンは切羽詰まるモノを感じた。不意の侵入者が慣れた者であったからかそれともカレンがいたからか判別はつかないが全く反応しなかった彼。ちらりと振り返った気配もなかった。そうであればカレンはきっと同じように振り返ってそこに紫の瞳を見ていた事だろう。

切り取られた世界。

そこには確かにそれが存在していた。同じ空間にいるはずなのに、同じ空気を共有しようとはしない人にカレンは焦燥から目を細めた。それには哀しみも混じり複雑な模様を呈していた。世界を、カレン達を置き去りにしているようでその実世界から突き放されているようにしか見えなかったから。彼は今、独りだった。独りになることを課し、独りになることを享受し、そして独りであることを今もまだ自覚していない人は、腕を掴んで引っ張り上げてくれる人がいない限り永遠にそのままだろう。

悲しい。

カレンは思った。夕焼けがそれに拍車をかけているのかもしれないが徐々に闇が堕ちてきた世界が酷く身近に感じられてカレンは寂寥さえ想う。初めて彼が独りだと思ったのは随分前だ。けれどその時自分は何も出来なかった。分からなかった。周りにあれだけ彼を愛してくれている人がいて必要としてくれている人がいてそれで敢えて何故独りになろうとするのか。傲慢な思い上がりのようにも見えたのかも知れない。その時カレンは黒の騎士団にいる彼を知らなかったから、猶更だった。

彼は愛していた。

自分を愛してくれる人を。それは間違いない。自分に相手が好意を向けてくれる事をはき違える様な事はしない人だった。けれどそれに愛を返す、という印象は受けなかった。彼はずっと、一方的にさえ見えるほど自分の中にある愛を注ぎ続けていたのだ。そして一度注ぎ込んだ愛を無かったことにも取りやめることもできない人に思えた。

一方通行、片思いばかりと言っている男がいたが彼の方がずっとそうではないか、とカレンは思った。閉鎖的な中で与えることしか知らず与えられるものを知らなければその人は永遠に独りきりだ。カレンは思った。その質は、おそらくは奪われることを知っている事から来ているのだろう。それもおそらくは奪われ続けることを余儀なくされた。奪われる者の気持ちを知って、彼は決して自らでさえも奪うことのない愛を注ぐことにした。そして、そこで世界は完成してしまったのだ。彼にとって大事なのは愛を受ける者の身であり、決してそれを注ぐ者ではなかった。それが奪う者に変われば彼は牙を向いたであろうが、それが彼自身である限りそんな事は起こりえなかった。だから、置き去りにしたのだ。

耳を塞ぎながら述べ立てられる愛の言葉。

それをカレンは悲しいと思ったが苛立つ気持ちは無かった。愛されているくせに、という人はいるかもしれない。けれど、それならちゃんと周りに目を向けなさい、と言ってあげて、尚かつ彼を独りにしないでいてあげれる人がいただろうか?出来るはずもないのに一方的に強いて一体何になるというのだろう。ただ可能性ならあったのだ。けれどその可能性は遂に彼に、最も過酷な孤独を強いたのだ。

歯ぎしりした。歯が軋む音を立てたが、構わず掌にも力を入れ続けた。そうして先ほど去っていた足音を思いだし尚も募る怒りに逃げ場をなくした咆哮は、カレンの中で絶えず止まず生まれ続けた。それを聞かせることが目の前の人の為に出来るはずもなく、カレンはそっと胸の内で決意を固めたのだ。

あんなに近くにいた。

近くにいるように見えた。心も体も。傍にいることを許され心からの笑顔を向けられ、近いはずだったのだ。そして彼を救える人がそうやって近くにいる人でなければならない事など、分かり切ったことだった。ただ妹はあくまで彼の中で愛を受ける側であり、上に立って注ぐ者がいない以上彼は唯一と言っていい人だったのだ。隣に並んで立つ事ができる人、それ以外彼を救える者などいなかったのに。出来るなら代わって欲しい、と思ったその場所を彼は結局何の感慨も無く放棄したのだ。その時の怒りと言ったら、カレンは言葉にならなかった。

だから思い知らせた。

八つ当たり、嫉妬以外の何ものでも無かったのかも知れない。そうすることに、それ以外の意味など有り様もなく。けれどカレンはそうした事に後悔はしていなかった。今自覚を促さなければ焦りを覚えさせなければいつか真実を知った時彼が取る行動に余地が生まれないように感じたから。カレンは、ルルーシュを失いたくなかったのだ。


窓辺に佇む綺麗な人。

カレンは誓った。守ると、永遠に傍にいて。騎士となったのはそれが彼に近付く一番の近道だと思ったからだ。与えられるものを知らないのなら、一方的でも強くそれを与え続けるしかない。そうしていつか彼が自覚するに至った時、カレンは彼の最も近くにいれるようになるのだ。時間が掛かろうと、自分がそうしたいと思う以上迷いなど無かった。いつか必ず、誓いを、カレンは自分の心にも立てた。

――― そして自分以外にも誓う者はいる。

カレンはちらりと隣を見た。自分より幾分幼い顔の少女もまた、何も言わずにかの人を見つめていた。眼鏡の奥の飴色の色彩が揺らぐこともなくじっとその光景を凝視していたのを確認して、カレンはもう一度自分もその光景に目をやった。変わらない、綺麗な人。

『私は彼奴の共犯者だ。そしていつかの日には、盾にもなろう。』

少女の言葉に、なら私は剣で報おう、とカレンは返した。盾と剣を得て、王は戦う術を得る。そして心の糧はこの安全な場所にいる。理由であり、支えであり、カレン達が立ち得ない場所にいる人が。それでいい。そしてそう遠くないうちに彼はまたもう一本の剣を手に入れるだろう。カレンが彼の手に握られている剣であるなら、また一つの剣は独立して彼を守りうる剣だ。カレンは自分の予想が違わないであろう事を、確信していた。

貴方を独りにはしない。

いつか私達は貴方の心の中で生きるでしょう。
そしてその時貴方の支えとなるでしょう。
そうして私達は、貴方と共に生きるのだ。決して、独りになどさせない。
誓う者達は確かに集いつつあった。

――― だからもう貴方はいらない。

彼がルルーシュの何になりたかったかなんてカレンは知らない。けれど一度手放した場所を縋り付いたぐらいで手に入れさせてやることなんてするつもりは毛頭無かった。彼が放した場所を、心から欲し努めた者達がここにはいるのだから。


――― 貴方は、そこで見ていなさい。


私達を。私達がする事を。私達は決して放しはしないから。



貴方を愛した孤独な王様を。









end
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