【この世界はフィクションです】






気紛れ、なんて素敵な言葉。

そういうと自分と同じ年の男が不快そうに眉を顰めたのをロイドはよく覚えている。秀麗で女が10人いれば10人振り返る顔をした悪友はその後何も言わずに飲みかけの紅茶に興味を戻した。ロイドは対面で椅子に腰掛けながらにやにや、とその様子を見守る。何を言ってくるか待つ。けれど残念なことにその悪友はロイドの望むままに動いてはくれなかった。懐かしい記憶である。


ロイドは気紛れに行動するのが好きだった。
だがじっくり構想を練ってから行動するのもそれと同じくらい好きだった。そんな矛盾、相反した思想をロイドは全く自然に行使する。だから変人と言われるのだ、とついつい悪友の言葉が頭に浮かんでくるが掻き消し、ロイドは目の前の気紛れの産物を見下ろした。これだから止められない、と薄い唇で笑みを作り右手でそれを撫でれば可哀想なぐらい震える。左手は交錯する手首を押さえ込んだままで、ロイドは戯けたように言葉を紡いだ。

「拒まないでくださいよ。」

答えは返ってこなかった。それにロイドはあからさまに残念そうに表情を歪める。けれど目の前の人物はそんな事を気にするはずもなく、ロイドもまた直ぐさま気を取り直して思索を練り直す。さて、どうするかと色々考えてはどれも楽しそうだ、とロイドは満足げに微笑んだ。

「騎士、欲しくないですか?」

足はがっちりと押さえ込んである。元より体格も体重も勝れば、乗るだけで容易く抵抗など防げた。自分より随分細い脚が諦めたように投げ出されている様に誘われ、ロイドは内股にそっと触れる。そして撫でる。するとその人は一瞬びくっと体を上下させた。プライドの高い彼はそれで目を逸らしもしなければ閉じもしなかったが、震えているのは一目瞭然だった。猫を両手で掴み上げ、その細い胴をきゅっと締め上げているような感覚。弱い者の命運を一方的に握っている感覚は恍惚と言って 差し支えない。

「欲しいでしょ?僕ならなれますよ。」

自分でも悪趣味だと思いながらロイドは唇で唇を塞いだ。一方的な行為を神聖な気持ちをもって捧げる。本当は手の甲に口づけを捧げたかったが、自分が塞いでいてはできそうもない。軽く触れただけで卑しさも持たずに離れると、先ほどより細められた宝石が自分をしっかりと映していた。

「どこの世界に・・・主を脅す騎士がいる。」

「ここにいますよ。まぁ僕も不本意なんですが。」

「言葉通りに受け取れるか。」

可愛いとしか思えない虚勢をロイドは楽しげに見守った。するとその人は尚一層不快そうに顔を歪める。完璧すぎるほど美しい顔は憎しみを映していても美しいとロイドは感慨に耽る。そしてそっと首を押さえ込んだ。

「貴方の騎士になりたんです。」

「断ったら?」

「断らせるつもり、ないんですけどねぇ。」

歌うように述べれば「どこが不本意なんだ。」と今度は笑って返された。その笑みが何処か悪友の面影を映しているものだから、ロイドは血は争えないな、と考える。けれどそんな引っかかりも不快だったりするのは自分の名誉のために黙っておいた。血の繋がりとは恐ろしい。そして狡いとも考える。それだけで絶対的な拘束力がはたらくのだから。それに比べて主と騎士の絆の、なんと曖昧なこと。そして、だからこそ美しいとも思うのだが。

「私、ロイド・アスプルントを貴公、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの騎士に。」

その言葉と同意にぎゅっと右手に力を込めた。細い首が軋んで悲鳴を上げる。構わずロイドは言葉を続けた。

「私は貴方に、永遠の忠誠を誓います。」

答えは返ってこない。喉を塞いでいれば音など発しようもなく。
ロイドは笑って歪む顔を見下ろした。このまま締め上げていけば自分は、彼の永遠にたった一人の騎士になれるのだろう。最後まで、この人は自分のものになるのだろう。甘美な誘惑を払いのけロイドはそっと力を緩めた。そして空気を取り込もうと咳き込む人の額に、もう一度口づけを捧げた。放れてしまえば首に赤い糸が巻き付いているのが見える。白と赤と紫を全て視界におさめ、ロイドは懇願の悲鳴をあげた。


「どうか私を、貴方の騎士にしてください。」


願いが叶ったかは月のみぞ知る。









end
不在証明