【クレイジー・パッション】






ルルーシュは頭を抱えていた。出来れば今目の前にあるものたちを衝動のままに机の上から払いのけて頭上のスプリンクラーが許すならば火炎放射器でもって燃やし尽くしたい、と願うぐらいには。頭痛が限界値を超えそうになりながらも終始楽しそうなこの雰囲気に、エアークラッシャーの異名を持つ幼なじみと同じように突っ込めることもできるはずはなく。せいぜい面白そうに会話に興じるリヴァルの足をさりげなく踏みつけるぐらいにしかストレス発散の余地はなかった。

「るーるちゃん!これなんてどお?」

楽しいです!とありありと顔に書いたまま尋ねてくるミレイに、ルルーシュは無難に皇族スマイルを返しておいた。何が悲しくてそんなものを目の前に突きつけられなければいけないのか、と本当なら叫びたい。だが自称一般人の自分にその行動は許されない。かくして非常に、もの凄く近くで見慣れすぎた人間がやや憂いを帯びた面持ちで流し目をしている写真を至近距離で見つめなければいけない結果になった。写真と目が合うはずもないのに、何だか目が合う。あぁ、なんだこれは、とルルーシュは額の皺を一本増やした。

「やっぱりちょっと流し目ぎみの写真の方が良いかしら。ほーらこれなんて服が!」
「うわあ、そんなのもあるんですね。見たこと無いですけど、やっぱり格好いいですねぇ…。」
「スタイルすご!どっこのモデルだよ!!?世界中の男の敵だって!」
「なんてたって正真正銘王子さまだし…すごいよね。あっ、これ、学生服姿の…///」

向かいでカレンがルルーシュとほぼ同じように、しかしずっとさりげなく眉に皺を刻み込んでいたがそれは見ない振りをしておいた。笑顔で頷いてカレンにしては中々自然に装っている。あくまでカレンにしては。ただし今現在写真に夢中になっている、ミレイに至ってはおそらく半分以上おふざけである、面々には気付かれない。茶色いデスクの上に無造作に散らばった数々の写真。明るい色彩の画面にまるで今絵本から抜け出してきたような人々が微笑んでいる踊っている。全力で視線を逸らしたい光景だが、そらせるはずもない。今は自分は生徒会役員で、この中から五枚写真を抜き出すという使命をおっているのだ。大仰だが使命だと思わないとやってられないぐらいやりきれなかった。そう、学園祭に販売する、皇族の写真の選定など。何が悲しくて過去一緒にお茶を飲んでチェスをして時には虐められた人々の写真を選ばなければならないのか。むしろ過去親しかった人達の写真をブロマイドにしなければいけないのか。

「去年の統計資料どこにあったっけ?ニーナ、パソコンにいれてた?」
「うん、すぐ出せるよ。去年販売した写真のサンプルもあった方が良いかな。傾向と対策に。」
「そーね、お願い!あっ、これなんていいんじゃない?アーサーもいいっていってるし!」
「足で踏んでるだけじゃないっすか。ってか足で踏ませて良いんですか!会長!!」
「にゃーん。いいんだにゃーん。」
「会長、アーサーが歯をむいてますよ…?」

楽しそうだなぁ、とルルーシュは半分意識を飛ばしたくなった。真剣に見なければ見なければ、と思うのだがどうしても視線があらぬ方向にそれていく。これではいけない、と思うのだが。写真を眺め眺めてじっと凝視すること五秒。だめだ、五秒で途切れる集中力。何がいけないって、こいつがいけないとルルーシュは八つ当たり的に一枚の写真を睨み付けた。そこには高貴な白い歯を覗かせて気だるそうに前髪を書き上げるという常人女子ならば思わず溜め息ものの仕草で微笑む美男子ひとり。もとい我が国が誇る若き宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアその人がいた。ちなみにルルーシュは女子でもなければ特殊な嗜好を持ち合わせていない上にこの程度の容貌には見慣れているので違う意味でしか溜め息もでない。思わず白い指先ではじき出してやりたいぐらい、その写真は究極に鬱陶しかった。

「(何やってんだ、こいつ…。)」

基本的に皇族はお年頃でかつ容貌も美しい方々に人気が集まる。ぶっちゃけ名前より顔!という正直な国民要望に従って人気があるのは第二・第三皇子、第二・第三皇女あたりである。第一皇女は顔は悪くなかったが市井に好まれるには少々お歳が召しすぎていた。第一皇子はいわずもがな。そんなわけでルルーシュの前には馴染みのある人々が並ぶのである。そして写真はその人の長所が最もよく現れるように写されている。戦女神と名高い第二皇女であれば凛々しく指揮する様や、息抜きに軽く微笑んでいる写真も入れられる。第三皇女は蝶よ花よという風にメルヘン全開の写真、並びに国民と触れ合っている写真などなど。第三皇子の傍には必ずと言っていいほど薔薇の花があるのは無視しておきたい。問題は第二皇子である。一言で言い表せるならば、

ウザい。

いかん、かなり主観が入ってしまった。ルルーシュは目尻を指先で解しその直球且つ身も蓋もない感想を放棄する。取り敢えず兄とはいえ、第二皇子にこれはないだろう、と自分ツッコミ。
シュナイゼルは宰相であるが、基本的に固まったイメージというのがつきにくい人間でもあった。有能であると言うことは知られているが、それを写真であらわすには些か難しい。その際だつ容貌などは一目瞭然であるから、普通に撮ればいいとは思うのだがそれも面白味に欠ける。結果こうやって一般市民に公表される写真の中には、ルルーシュの感想としては一体これをどうしろと?的な代物が交ざるわけだ。つまりはばっちりメイクして写真家呼んで写真集の為に作りました☆的なスーパーモデル顔負けの格好付けた写真が。それ一枚で雑誌の表紙にできそうなぐらいよく仕上がった写真にルルーシュは白い目を向けた。絶対零度の微笑みは、残念ながらどこかの淑女に向けて甘い笑顔を向けるシュナイゼルには届かない。

「(っていうかお前宰相だろ!?宰相!なにやってんだ宰相!?そんな恰好しているとこ見たこと無いぞ!犬と戯れるな!海辺で砂をけるな!泳げるのか!?そんな所行かないだろ!?なんで!そんな!側近が!美形の!部下ばっかり!とりあえず仕事しろ!仕事ーーーーーー!!!)」

遠い異国の地で叫ぶ弟の内心など知るよしもない第二皇子は別の意味で全開で良い仕事をしていた。第三者の目を常に意識して行動する皇族ならではのバイタリティでもって。そしてHPもまるでファンクラブ紹介ページの様な有様で、三十分ほど前渋々見させられたときはあまりのことに目眩を起こして倒れるかと思った。今思えばその時倒れておけば幸せだった。と今になって後悔しつつ思うのはやはり遅すぎる。それにしてもシュナイゼル!とルルーシュは怨嗟の言葉をひっそりと、胸の内だけで吐いた。その恨み言の矛先が至極真っ当ではあるが殆どルルーシュ以外に意味のない事項であることだけは、どうにかして無視しておきたい。この何処までもわざとらしい男に、ルルーシュは人生を振り回され続けるのだ。真意は知りたいような知りたくないような。やっぱり心の安寧の為には知りたくない。クロヴィスの横には常に薔薇があった。そしてシュナイゼルの隣には常といっていいほど


「(なんで黒猫がいるんだーーーーーーーーーー!!!!!!)」


本物、本物が置けない場合には置物、見えそうで見えないところにさりげなく散りばめられた黒猫たち。ルルーシュは猫のようだね、と微笑んで言った男の顔がありありと甦る。愛おしそうに黒猫の背を撫でる男に、ルルーシュは並々ならぬストレスを頂戴する羽目になった。


そしてその後発散できず行き場を失ったストレスはこっそり持ち帰った写真に落書き、という何とも可愛らしく微笑ましい仕返しでもってぶつけられる事となった。









end