溜め込むほどに不幸になる事ぐらい、分かってるよ。
【ラスト・トライ】
(荒れてる。)
それが今日の『彼』の第一印象だった。まだそう長くはないけれど、接するほどに理解するのは『彼』の、適合率とは名ばかりのご機嫌。数字で読む分にはまだましな方だ。乗っていれば嫌でも知らされる。
70%以下、という数字の真実。
普通のデバイサーの平均値ではあるけどね、と下でぶつぶつ文句を言っているロイドさんも、一度はこの感覚を体感してみると良い。普通じゃない『僕』にとっての、70%の意味を。はっきり言って悪いどころの話じゃない、最悪だ。最悪よりもっと悪いかもしれない。それ以上の言葉が思いつかないだけだ。
『彼』は『僕』の手足で、『僕』は『彼』の頭。
その認識がひっくり返される様は、悪趣味な狂人なら泣いて喜ぶほどの悲劇。なんだって、こんなに、と意味のない疑問符は心の隙間を埋めるにはあまりに無意味。『僕』は『彼』の、手足なのだ。
僕が見、聞き、認識し、動かしうる全ての行為は、『彼』に認められて初めて意義を持つ。
『僕』の体調が、気分が悪いから悪くなるのが適合率じゃない。『彼』が『僕』を、気にくわないから悪くなるのが適合率なのだ。つまり今日の異常な適合率は、直接的に言えば『彼』が原因。
(間接的に言えば僕が原因になるんだろ、お前は…。)
トン、と力なくモニターを拳で打つ。何でもう少し大人になってくれないんだ、と呪いたくなるばかりに今日の彼は最悪だった。全身で『僕』に不平不満を訴えてきている。こいつの気分のムラは尋常じゃない。
(そんなにルルーシュの事が好きか?)
物言わぬ機械は相手にするには分が悪かった。言葉がない分、ダイレクトに行動で示してくれる。本当に、よくやってくれるよ。また下がったよ〜、という暢気に間延びした声がまた下から聞こえてきた。うるさい、分かってるよ。
(分かってる・・!!!)
『彼』はルルーシュを知らないはずなのに、『僕』がルルーシュに関わった途端”ご機嫌”がよくなる。『僕』がルルーシュと話をして、喜んでいる日はそれはもうロイドさんが驚喜するほどにご機嫌がいいし、一日会えずにしょげていると期待を裏切らずに急降下してくれる。まるで『僕』を通してルルーシュに繋がっているんだ、と言わんばかりに。『僕』はただの通過点に過ぎないんだと言わんばかりに。
(まだ、僕の気分で機嫌が悪くなる方がずっとましだ…。)
そうではない、と知るのは今の自分の、喉元をはい上がる一縷の切迫感。『彼』に乗る前から、僕が抱えていたはずの物は段々と質量を増してきた。叱咤されているとは思えない。励まされているとも思えない。ただ『僕』が抱えうる押し殺した気持ちの全てが、『彼』によって白昼に晒されるのだ。吐き出して!さらけ出して!ぶちまけろ!と。間違ってもルルーシュの前では出せないようなものを。
『何をやっているんだ?お前は。』
そんな嘲笑まじりの言葉が聞こえてくるようだ。勝手なことを言うな。
お前は分かってるのか?
僕が引きずり込み、溜め込んだ事の意味が。それが開け放たれる事の本当の意味が。
(機嫌良くいたいなら、余計な干渉はするな!!!)
バンッ!と今度こそ文字通りモニターを打った。拳がじんじんしたけど相変わらずモニターは薄く光っているだけで、ちっとも『僕』の痛みに見合わない貌をしている。機械相手に無様な行為に出た自分を、自嘲気味に笑っていると適合率の数字が、パッと変化する。
適合率、96%
その数字に、同情かなとよく分からない考えが頭を過ぎったけど案の定すぐ消えた。『彼』はルルーシュを知らないから、そのはずだから傍から見れば僕は妄想過多か自意識過剰と判断されるだろう。道化と捉えられるのは腹がたつ気もする。が、所詮『僕』以外には分からないのだ。一体全体、何故『彼』はルルーシュを知っているのだろう。そして、『彼』を愛しているのだろう。
「出さない方が良いモノなんて、この世にたくさんあるんだよ。」
溜め込むほどに不幸。でも、それだけで終わるならそれに越したことはない。
ただ僕一人が不幸なのだから。
「ランスロット、君も不幸になりたい?」
返事はなかった。その代わりに、足下から『彼』のぬくもりが伝わってきた。
あたたかい、あたたかい、有り難いほどに純粋なぬくもり。
僕も君ほどに純粋にルルーシュを想えたら良かったのに。
『僕』の気分はまだ最悪だった。
end