君が声に出すだけでその言葉は輝く。

何気ない言葉に、僕はふと躓いて思考を止める。


その言葉を聞きたいから何度も間違うなんて、僕は馬鹿なんだろうか。






【夢報う】






「ルルーシュのブリタニア語って綺麗だよね。」

スザクの指先でペンがくるくる踊る。放課後の生徒会室。教えて貰っているというのにぼんやりとしているスザクに対して、ルルーシュが問いただせば出てきた不可解な言葉。ルルーシュは捲りかけていたページを、ぱらりと落とす。著名な詩人が生み出した言葉の数々が、流麗な文字で紙面に刻まれていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・そんな事を考えていたのか?」

たっぷりの沈黙の後の言葉は、心なしか声が冷たい。ついでに言えば視線も冷たい。

「いや、うん、まぁ‥‥どうだろう。」

たじたじ、と云った形容が似合う仕草で後頭部に手を回せば、ルルーシュはぱたりと本を閉じる。あっ、怒っているな、と感じとるや否や、すみません、とスザクはいたく愁傷に謝った。呼応して聞こえてきたのは溜め息。

「余裕だな。」

「そうでもな…あり、ません…。」

怒っているルルーシュに下手に突っ込む事は危険だと頭の中で警鐘がなる。スザクは本能に従い、若干頭を下げながら丁寧に対応する。

「赤字と補習と、どっちがいい?」

「それどっちも同じなんじゃ…。」

「現状のままでは、いずれもお前の明日だな。」

きっぱり言い捨てられれば立つ瀬もない。事実とは時に痛いものである、と明日のテストの無情さを思いながらスザクは自分のノートに視線を落とす。未だ半分も進んでいない内容が目にも痛い。それも半分わざとで、半分本気の結果となれば自分にも言い訳し難い。願わくば本気の実力で赤点は勘弁して貰いたい。それにしても、名家の生まれであればそれなりに教養は誇るが他国の文学とは辛いものである。

「…相変わらず文語の苦手なヤツだな。お前はまだ訛り少ないんだから、この人の文章は読みやすいはずだろ。何がそんなに分からないんだ?」

「何しろ口語はルルーシュ仕込みだからねぇ。」

「…話を聞いているか?」

ルルーシュの喋る言葉は美しい。今も昔も変わらず。
皇族であれば当然の嗜みだ、と言い返されたが、それにしてもルルーシュの喋る言葉は綺麗だ、とスザクは子供にしてもしつこく言ったものだ。そのたびに呆れられたのをよく覚えている。けれど、きっとルルーシュのブリタニア語は皇宮の中にあっても素晴らしいものだったに違いない。
遠く異国の地で言葉の分からないルルーシュに、日本語を教えてあげなければと奮闘していたがその立場が変わるのは本当にすぐで、いつの間にか自分がブリタニア語を教わる立場となってしまった。悔しかったのを覚えているが、ルルーシュの上達の早さは自分の非ではなく早々に反撃の匙を投げたのもよく覚えている。

「ルルーシュは耳がいいんだね、きっと。」

「そうか?」

「日本語の発音も綺麗だったから。」

ナナリーに本を読んでいた時の彼の横顔を思い出す。彼がする日本語の朗読は生粋の日本人である自分よりも綺麗だった。それこそ教えたのは自分なのに何故、と思うほど違う、同じ言葉。一体何処で覚えてきたんだ、と怒った自分を思い出し、スザクは自分の頬が赤く染まるのを感じた。今思えばひどい難癖だが、ルルーシュが自分の放つ言葉をひとつひとつ返してくれる事に喜んでいた子供の自分には、きっとそれが耐え難いほどショックだったのだろう。もしかしたら単にルルーシュが自分以外に友達を作ったのでは?と危惧し不安に駆られたのかもしれない。随分自分勝手で癇癪持ちだったものだ。それを思えば今は随分と…。

「僕も…大人になったなぁ。」

「そんな実感が欲しければ人の話を聞く練習でもしろ。」

「ルルーシュ、この行読んで。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

ぴくりとルルーシュの頬が引きつったような気がしたが、気のせいで片づけてしまったスザクには届かない。いそいそとルルーシュが閉じた本を捲り直し、登場人物の喋る一文を指す。それは、スザクがこの話の中で真っ先に覚えた言葉。自分の思考を止めた言葉。ルルーシュは諦めた様に本に向き直ると、スザクの所望通りその一文を読み上げた。


「『しかし、今、わたしは思う。世に…』」


君が息をつぐ瞬間、僕の世界が止まる。



「『報われない愛はない、と』。」



想いの籠もらない言葉だって良い。

僕は、君の声だけで手を止めてしまう。



そう言ったら君は今度こそ本気で怒るんだろうね。









end