【些細な終焉】
橙色の空の色、紫に変わるは夜の帳。
夕焼けの終わりを見るたびに、僕は君を、紫の瞳を持つたった一人の大切な人を思い出した。
その刹那の幸福に身を焦がし、訪れる夜の藍を僕は今日も惜しみながら嗤うのだ。
ずっと見ていたいけれど、ずっと感じていたいけれど、そのときは短い。
一日の、一瞬の、美しい色。
太陽が照らしても、月が照らしても君は輝かない。
狭間で移ろいながら、何処にもいけず、やがて消えてしまう可哀想な色。
青も赤も、受け止められるのに混じっては君を消すのだ。
触れたら壊れてしまうから、皆傍らで見ているだけ。
僕はどうやったら君を壊さずに慈しむ事ができるのか幾度と無く考えた。
どんな応えが返ってきても良いから触れたかった。
自分を消さないように、一人で耐えていた優しい君に僕は触れたかった。
それぐらい、君は綺麗だったんだよ、ルルーシュ。
+
「考えた事はないか?スザク。」
あの時俺達が出会わなかったらどうなっていたか。ルルーシュは張りのある声で、毅然とそう呟く。窓枠に腰掛け、僕の方を見るルルーシュの表情は、眩しいほど明るい夕焼けが邪魔をして伺う事ができなかった。何故こんな話になったのだろう。久しぶりに学校に来て、久しぶりに会話を楽しんで、そして久しぶりに彼の部屋に上げて貰った。もうどのくらいここへ来ていないか、数えたくもなかった。ずっと毎日が、殺伐としていたから。
「どうしたの?いきなり。」
前にした会話を思いだしてみても、繋がりは見えない。きっと彼の中では辻褄が合っていて、もう整理も推敲もとっくに過ぎ去った末に行われている会話なのだろう。でも、僕には見えなかった。それにこんな会話したくもなかった。ルルーシュと出会わなければどうなっていたかなんて。
「僕と君の関係が存在しない以外、何も変わらないよ。」
戦争も、その末の占領も。そして父母が死んだ現実は何処で狂いをみせることもなく、進んでいただろう。世界は残酷だ。人一人が狂わせる事はあっても、人一人失っても狂う事はない。ただ一つ違うとすれば、僕が拠り所を持ち得ないということだけだ、とスザクは確信して思えた。
本当にそうか?と尋ねるルルーシュ。
そうだよ。と答える僕。
何が言いたいのか見えない。取り留めもない仮定の話、でも、する必要もないよ。
だって意味がなさ過ぎる。無駄な事はキライじゃないけれど、無意味な事はキライだよ。
なくなるはずのないモノをなくす話。
笑い話にならできるかもね。でもこの雰囲気には似合わない。やるならはぐらかした方がいい。
ルルーシュ、君は何が言いたいの?問いかけた僕に、ルルーシュが笑った。
静かに、優しく、述べ立てる口上は多分今までで一番悪辣。
「少なくともお前は、影を抱く事なんてなかった。」
笑顔は自嘲だった。それだけで僕は君が何を言いたいのか、理解する。咄嗟の理解力は長年培った賜物。そして答えは、君が抱える積年の懺悔。戻るはずもない過去を振り返るのはルルーシュの柄じゃなかったけれど、きっと君は僕が苦しんでいるのを見て耐えきれなくなったんだろう。
あのとき、じぶんさえ、いなければ
僕の心の傷を気遣う君を、僕は半分の嬉しさでもって抱きしめた。腕の中で震える肩を寄せて、髪にそっと口付ける。それから額に、目尻に、頬に、最期は唇に。左手で逃れるはずのない君を捕らえ続けた。
あのとき、じぶんさえ、いなければ
でもそれは無意味な言葉だね、と僕は心の中で呟いた。ルルーシュを傷つける為の言葉じゃなかったけれど、底には欠片の悪意が除く。真綿で首を絞めるように僕を追いつめる君を、僕はどう宥めればよかったのだろう。
紫の瞳からこぼれ落ちる涙が綺麗。
見惚れるほどに。こんなに綺麗な君を、僕はどうして言葉で傷つける事ができよう。
何も変わらないよ、と言えば、
僕は今のままだよ、と言えば、
素直に答えを返してしまえば君はどうあっても傷つくのだ。君は僕を優しいと思っているから、気遣いを返された事に嘆く。だから僕は代わりに
「僕は幸せだよ。」
と言うのだ。真実の言葉を真っ赤な舌に乗せて。
君を幸せにする言葉以外、僕はいつだって口にしたくなかった。いつだって僕の言葉が君の為にあった事を、君は知らないまま自分を貶めるのだ。今も変わらず。だから、またそうやって拙く口を開く。
「お前を幸せにしてくれる人は、俺以外にだっているんだ。」
でも僕は敢えて君を選んだんだよ。僕は、君の手を取れた事を後悔していない。
君の傍にいれた事を喜んでいるんだ。君が許してくれた心は、僕をいつも笑顔にさせる。
だから僕は君を想い出すたびに、喩えようもない幸福を手に入れる。
夕焼けなんて些細な情景にもこんなに心動かされるようになったんだ。
だから、ねぇ!見て?ルルーシュ。
哀しい事言わないで顔をあげて。
空が君の瞳の色を映してる。映してるんだ。嘘じゃないよ、だから今日も空は綺麗。
瞼を開けて、どうか空を見て。君がいないと、空は色を忘れたままだよ。
君の後ろで、夜が案内役を待っている。
開かれた瞳は、何故か、紫じゃなかった。
end