【もう共に居るものだと思ってた】






深呼吸と反対、体に必要な行為、無駄なものを吐き出す。淡々とそんな言葉を頭の中で並べながら、自分の中から出ていくものを俺は必死で押しとどめた。喉がこくりと鳴る。扉を開いた瞬間に広がった世界に失望しながら、まるきり反対の感情を俺は顔に貼り付けた。

「お久しぶりです。」

人懐っこい笑顔。声も震わせないように気を付けて。いつも通り背筋を伸ばして部屋を見渡して、そして一呼吸。一々確認しなければ所作を成せない自分を滑稽に思いながら、僅かに首を傾げて俺は言葉を紡いだ。

「ルルーシュは、何か用事ですか？」

帰ったんですか？とは聞かない。ナナリーが、もうずっと視界の端で笑っている。けれど俺の言葉に全員が等しく眉根を寄せて、状況を知る。ルルーシュは、学校に来ていないんだ。

「ルルーシュなら今日も休み。あいつ最近さぼりばっかだぜ？」

俺は『今日も』という部分にだけ反応をする。今の状況は分かっている。一々言われるまでもなく、ルルーシュのいない空気は感じ取れる。リヴァルの言葉に返事をして、俺は自分の席へと歩き出した。あぁ、駄目だ、苛々する所じゃない。ちょっと落ち込んで、普通の顔に戻さなければ。机の上に鞄を置く。ソファに群がって談笑する、みんなの輪の中に入っていこう。笑いながら。笑って、ナナリーに元気にしていた？と問いかける。ちょっとした受け答えの次に返ってきたのは、不在が続く兄への可愛らしい不満。話を聞いて、俺はナナリーに同調しながらちょっと怒ってみせる。怒りはみんなに笑って同調して貰える程度のものに。しなければ、いけない。でも。

存在の欠如に対する落胆は直ぐさま理不尽な憤りへと変わる。

折角俺が学校に来たのに、と。

ルルーシュに俺に合わせる義務はない。でも俺にルルーシュに合わせる余裕なんてない。だったら何時だって俺を迎えてくれる準備をしていてくれたっていいじゃないか。君に会いに来たのに。君が居るから来たのに。君が、ここに、いるから。
暗い思考が頭を支配しかける。でも今はナナリーが笑ってる。話を聞かないと。今は最近起こった面白い話。笑わないと。笑うんだ。笑ってるよね？と俺は自身に確認する。リズムが、如実に、全く戻らない。いつもならもう自然体で話に溶けこめて居るんだ。でも今日は随分遅い。まだ引きずってる。自分がここにいて異物だと感じる。ここは、異空間だ。

そうさせるのは戦場の歪み。

昨日はゼロと相まみえて、あの赤い機体と相まみえて。ぶつけた怒りは俺自身の体を支配しながら、それ以上に確実に相手を蝕む。でもそれは何も悪い事ではない。この負の感情が、向けてしかるべき相手なのだから。いや。この負の感情がアレのせいで生み出されたというなら向かうべき所は最初から一つしかないのだ。でも流石に少しやりすぎた。彼は。今もまだ『僕』を殺している。

そうさせるのは君の不在。

こんな事が初めてだった訳じゃない。ナリタ攻防戦以降何度か俺は自分を押さえきれないまま学校に足を運んでいた。でも、君が笑って話しかけてくれるだけで俺はいつだって日常の空気を取り戻せた。それは呼吸するぐらいに容易く、そして彼はどんな薬より安易な安定剤だと思う。でも悪い事じゃないだろう？君が俺にとって掛け替えがない存在であるという確かな証拠なのだから。彼は。いつだって『僕』を生かしてくれる。

その君がいない。

体が半分無くなった錯覚に陥ると言ったら、君は嗤うだろうか。
でもそれは真実でしか有り様がない。嘘がつけないほど痛みを伴う真実。

俺はもう、いつだって君の隣に居る存在でなければならないんだ。
ねぇ、ルルーシュ。


俺の平穏な日常は何処？









end