【戦場になみだあめ】
心臓が止まってしまうぐらい驚く事なんて、きっとそうはない。
帰る家が無くなってしまったとか、自分の国が滅んでしまったとか、大切な人が死んだとか。
そのどれも体験した事はあったけれど、いつだってみんな同じぐらい残酷だった。
心臓が飛び跳ねて、落ち着く場所さえ見つけられず、ぐるぐる同じ所を回って回って、そして私は時間と共にゆっくり出口に向かって歩き出すのだ。時間さえあればある程度痛みは和らいだ。そこにいつだって完璧は無かったけれど。
そして今は、友達だった人が敵。
モニターの向こうに現れた人影に私は瞠目した。意味の分からない驚きの声を上げて(思うのだけれどいつだって人は単純な反応をするものだ)それから操縦桿を持つ手が汗ばむ。ぎゅっと握りしめて感触を確かめて、これが確かな現実だと確認する。それから漸く私は意味のある言葉をはいた。
「ゼロ!」
名前を呼んだ。時間が無かったから、私は自分に確かな言葉と平静をくれる人の名を呼んだ。心の無事を取り戻す為に、私は判断を委ねたのだ。単純思考。けれどそれが私にとって一番最善の方法だった。普通ならコクピットが露出して、パイロットの顔が見えただけ。機械越しに人の顔がクリアに見えただけで動揺する理由なんてない。ただいつも通り、先ほどの流れ通り駆れば良かったのだ。紅蓮弐式を。
「指示をください!」
煽ぐ必要なんて何処にあったのだろう。けれど私はその時冷静ではなかったのだ。冷静さを欠いたパイロットなんて使い物になるはずがない。だから自分がいつだって信じられる人の名を呼んだ。言葉を待った。けれど、応えが返ってこない。
返ってこない。
張りのある、透き通った、頭を冴えさせてくれる、力のある声が返ってこない。
愕然とする中私は壊れたおもちゃみたいに何度も何度もゼロを呼んだ。呼んだ。呼び続けた。
目の前では四聖剣達、断固とした意志を持つ戦士達が白い機体に立ち向かっていく。私は止める事もできなかった。またゼロの名を出して、そして自分の意思をそこに隠した。
今思えばなんて愚かしい。
怖かったのだ。自分の手で日常を壊すのが。それが信じる人の言葉であれば、その通りに従えば幾らか平穏無事でいられた。他でもなく自分の心が。自分の意思で体を動かし、その体で手でもって日常を壊す事がこんなに怖かったのだ。せめて意思だけは(これはあの人の指示だから、と)建前を取ったまま貫こうとした。冷静ではなかったからなんてとんだ言い訳だ。
自己保身。
頭を掠めた単語に私は、自分に向かって唾を吐きたくなった。自分は戦士だと覚悟を決めながらその実こんな所で踏みとどまってしまうほど弱いのだと、そこで漸く気付いた。
愚かだと、心底思った。
そう思ったのが他ならぬゼロの声を聞いた後だと、私は誰にも言えず通信機に耳を傾けた。
弱い私は、まだそこにいたまま。
泣いてください、とすら言えない私。
end