【神様をたべちゃって】






最初その計画を聞いた時、私は胸の内に苦いものを感じていた。
それを面に出すような事も言葉にするような事もなかったけれど、僅かな蟠りがあったことが事実だった。けれどあの時言ってさえすればこんな事にはならなかった気がする。モニターに映る光景に、カレンはぎりっと唇を噛んだ。血の味はしなくて、鈍い痛みだけが心を食い破った。

枢木スザク捕獲計画。

黒の騎士団の一員としてその重要性はよく理解していた。枢木スザクは、良くも悪くもその立場から人の目を引く。そして象徴にされる。そんな自身の重要性をあの男が理解しているのかは甚だ怪しかったが、関係なく周囲の人間は動くのだ。最初は暗殺が進言された。カレンはその事に嫌悪はなかった。何せ自ら実行したぐらいだ。自らの手を血で染め上げることにも躊躇はない。カレンは紅蓮弐式に乗っている時から、ずっと掌を血だらけにしていたのだ。機械の手と生身の手に、どれほどの違いがあろう。あの男が消えることでゼロの心の負担が軽くなるのなら結果だけで十分だったのだ。未だに、ゼロの笑い声はカレンの耳にこびりついて放れない。悲痛で、耳を塞いでも尚残る。人の心に暗く響く声は、それ以上にその人の心を苦しめているに違いなかった。そして、時を経て黒の騎士団は捕獲作戦に乗り出した。

黒の騎士団はほぼ日本人で構成されていた。日本人は、その性質上正々堂々在り、卑怯であることを嫌った。民族性なんて国を失うまで意識しなかったが、確かに自分たちは日本人だったのだと、カレンは藤堂や扇の言葉に思い知った。正々堂々と、一対一で、ゼロは一人枢木スザクと生身で対面した。抵抗して枢木スザクが死ぬより、ゼロが先に死ぬ可能性は高かったのだ。

「ゼロ!!!」

モニターの向こうで枢木スザクがゼロに銃を突きつけている。その前に枢木スザクは通信に出た。四方をナイトメアに囲まれた状況で、尚ゼロを人質に取り拘束するのであればその意図は明白だった。足止めしろと、言われたのだ。自らの命を引き換えに、と。程なくして空の向こうから無数のミサイルが飛んできた。藤堂の声で弾幕が張られる。枢木スザクは、諸共ゼロと死ぬつもりなのだ。

「止めろ!!!」

カレンは叫んだ。死ぬなら一人で勝手に死ねと思った。枢木スザクの職業が軍人であり、ゼロを捕らえる立場でゼロを憎んでいることなんて百も承知だった。だが、それでもゼロを巻き添えに死のうというスザクの神経がカレンには分からなかった。一瞬の躊躇もなく命令に従った男の、心が見えなかった。つい先日騎士に就任し誉れ高い地位を授かり、つい先ほどまで平和な学園で祝福されて、親しい友に感謝の言葉を述べて生き生きとしていたはずの男が、簡単に命を捨て去る理由が分からなかった。

――― そんなに、憎かったか?枢木スザク。

紅蓮弐式を駆った。どんな方法でもいいから止めなければ、と思った。穴を滑り落ちたところでラクシャータが仕掛けた罠に掛かり赤い機体は電光を走らせて静止した。カレンは迷うことなくコクピットから飛び出した。今飛び出せば生身で攻撃を受けると分かっていても脚は勝手に走り出す。ゼロの姿は白い機体に押し込まれもう全く見えなかった。ただ生徒会室で見慣れた茶色の髪と、機体と同じ白のパイロットスーツが僅かに見えるだけだった。見えない手には、銃が握られているに違いなかった。

「スザク!ゼロを放せ!わたしは、私は!生徒会のカレン・シュタットフェルトだ!!!」

黒の騎士団にいる時は紅月カレンだった。名前を象徴として、カレンは確かに何処かで心に線を引いていた。だが今は病弱なお嬢様の名前を名乗る。この日常が、少しでもあの男を引き留める術になれば戸惑わせる理由になればよかった。正体がばれてあの場所にいられなくなろうと良かった。今ゼロを失えばカレンは自分が最も大切にする居場所を失うのだ。

「こっちを見ろ!!!」

お前にとっては憎いかも知れない。お前にとっては許せないかも知れない。
けれどその人は私達の支えなんだ。私の主。私達の希望なんだ。私達が日本人として立ち、ブリタニアに抵抗する道を示してくれたたった一人の人。その人がいなければ私達の心はいつしか日本という名と共に消え去っていただろう。遠くもなく近くもない未来に、カレンは確信を持って叫ぶ。お前も、日本人だろう!?

心の叫びが届かない。足を取られる砂地を走れば、黒い影が轟音と共にカレン達を覆い尽くした。見上げれば見たこともない戦艦が空を飛んでいた。あぁ、と溜め息がもれる。一瞬気を取られた自分を恥じてカレンはまた足を奮い立たせた。轟音の隙間に、男の声が耳に届いた。

「ルールを破るよりいい!!!」

聞き慣れた声は常の穏やかさもなく、張り詰めた低い叫びだった。カレンは走った。男がゼロと口論になっていることは明らかだった。止めなければ。

止めないと。ゼロが!ゼロは!私達の―――


「ゼロ!!!」


ルールは、命より重かったか?









end
belief