【沈黙の友情】





「あー、まただ…。」

リヴァルの呟きに、ミレイが振り返り微笑を溢した。窓枠にまるで干された布団の様にしてもたれ掛かるリヴァルの背中は落胆の色に染まり、何があったのかが一目で知れる。本気で落ち込んでいる彼に笑ってはいけない、と思いつつも晴れ渡った青空と黒い背中のコントラストが妙に似合っていてミレイは声を抑える事ができなかった。

「ひどいですよ〜会長。」

蒼い頭を擡げたリヴァルの眉間は情けなく垂れ下がり、その口は僅かに歪んでいる。ミレイは教科書を席に仕舞い込むと友人を慰めるべく立ち上がった。隣に立って校庭を見下ろしながら、項垂れた背中をぽんぽんと叩いてやる。

「ごめん、ごめん。毎度の事ながらおっかしくてさぁ。」
「俺がこんなに真剣に落ち込んでるのに、だぁれも慰めてくれないんですから。」
「み〜んな、友達甲斐が無いって?」
「それは約一名、ですけど。」

ふー、と長い溜め息を付いたリヴァルの視線の先を追ってみる。校庭の隅っこの、目を懲らさなければ気付かないような木立の陰に、それ、は無かった。そこに本来あるべきもの、のひとつ目。ミレイは賑やかな教室を振り返り、そしてじっくりと全体を眺めた。二つめは、残念ながらもう随分前に消えている。段々と手口が巧妙化しているな、とミレイは消えていなくなった少年の影を頭の中で追った。

「ふっと目を離した時にそ〜っといなくなって。最近は仲介が俺、運転手は弟なんて寂しすぎるぜ。つーっか正当な所有者である俺がいないのに何でバイクが勝手に走ってんだぁ。ロロも普段は『リヴァル先輩っ』なんて子犬みたいに大人しいくせにやることが大胆すぎるぜ…。」

子犬みたいにくるっとした髪の少年が可愛い笑顔付きで脳裏に甦る。濃いめのミルクティーのような風合いに、赤みの強い紫の強い光彩がアンバランスな彼は恐らく想像通りであれば高速道路を制限速度ぎりぎり超えでかっ飛ばしていることだろう。サイドカーに乗る兄の為に、勿論安全運転は忘れないだろうが。顔に似合わず、彼の運転は中々力強く俊敏だ。しなやかで一見穏やかそうに見える彼の兄がその内に苛烈な光を潜めているのに、それはとてもよく似ている。
ミレイは唇に人差し指を当てて、落ち込むリヴァルに華やかな声で尋ねた。

「さすがルルーシュの弟!…って感じ?」
「俺としてはそんなとこでアイツの弟して欲しくないんですけどね…。」
「じゃあどんなとこが似て欲しかったわけ?おっちょこちょいなとこ?可愛くて、弄り甲斐があるとこ?それとも…冷たそうな顔して意外に友達想いなとこ?」

わくわく、という言葉がぴったりと当てはまるような笑顔で聞かれてリヴァルは思わず窓枠ギリギリまで後退した。迫るは片思いの相手。だが今はその美しい顔も澄んだ瞳も豊かな胸も、迫りくれど嬉しくはない。ここで素直に答えればルルーシュが帰ってきた時にからかわれる事は目に見えていたからだ。リヴァルは取り敢えずこの人との付き合い三年で、安全に、且つ音便にかわす、という方法だけは身につけることができた。一方でそれ以上の数ミレイにはかわされているわけだが。

「…危険な香りがしたのでノーコメントで。」
「リヴァル…、あんた最近弄りにくいわ。」

身も蓋もない返事が返ってきてリヴァルはがっくりと肩を落とすしかなかった。

「じゃあその分サボリ魔が帰ってきたら存分に弄って上げて下さい。」

何とか立ち直して弱々しくも呟いた。その言葉に一瞬だけミレイの蒼い瞳が驚きに満ちるが、それもリヴァルの表情に微笑みに変わる。緩められた口元が滑らかな声で彩られた。

「あら?友達売っちゃうの?」
「いやいや、円滑なコミュニケーションを進めているだけですよ俺としては。差し引きゼロだと思いますよそれで。」

いつも自分達を放って、勝手に何処かに出掛けていくような輩には。

意地悪く言うでもなく、かといって諦めたように吐き捨てるでもなく。リヴァルは笑ってそう言う。 ミレイはそこに見た彼の想いに胸の中に花が咲き誇るのを感じた。その暖かな花片の嵐はやがて消えていなくなった少年の背中を囲う。それは歓喜だ。間違いなく。

いつだって何も言わず。
勝手にいなくなる少年へ。

待つことも出迎えることも文句をつけることも笑い合うことも、時には意地悪しながら彼の赤くなった頬をつつくことも。全ては愛だ。


この場所で、今彼を待つことができる私達から彼へ。



守ることができる、全て。




二人見上げた空は今日もどうにか変わらず、青い。





end