【まだ春が青かった頃】





「ねぇ、先輩。本見て歩いてたら転びませんか?」
「俺が転けかけたらお前が支えろよ。」

無茶な注文にもジノは喜んではーい、と応えた。自分より頭一つ以上小さいルルーシュの華奢な肩を見下ろしながら歩調を合わせて歩く。いつみても小さくて可愛いなぁ、なんて思いながら見下ろしているのは内緒だ。口に出した瞬間紫の瞳が猛禽類の様に自分を捕らえ、小さな拳が飛んでくるから。そういう若干暴力的なスキンシップもジノにとっては望むところだが軽々と受け止めてしまったらルルーシュが怒るのだ。何という理不尽。

「何を読んでるんですか?」
「見て分からないか?」
「文字は読めますけど内容が分かりません。」
「だろうな。」

フランス語の書物を繰るルルーシュが笑った気配をジノは肌で感じとった。その少し調子づいた声がとても心地良く、質問を返して貰えていない事を忘れそうになる。そもそもルルーシュのはぐらかすような会話も毎度の事で、そうやって遊ばれている事に喜んでいる自分は若干マゾなのかもしれない。新たな扉が開けそうな気配を感じつつジノはいつもとは違う通学路をゆっくりとした歩調で歩いた。

「遠いな。」
「やっぱりタクシー拾った方が良かったかな。」
「勿体ないだろう。お金が。」
「先輩のケチ。」
「お前の奢りなら喜んで乗るぞ。」

そして自分を見上げたルルーシュは嫣然と微笑んでいて思わずジノはぞくりとした快感を得た。そのあまりに美しく威厳に満ちた笑顔を向けられてしまっては謙るしかなさそうだ。ジノは懐から携帯を取り出しタクシー会社へと電話を掛けた。

「先輩、学校サボりません?」
「昨日の休みに散々俺を庶民の町ツアーへと駆り出したお前がまたそれを言うか?」
「面白かったですよねぇ、凄く。でも庶民の宿に泊まったから疲れが取り切れてないんじゃないかと思って。」
「出席日数。」

実に簡潔明瞭な答えである。そして出席日数が危ぶまれるのはルルーシュではなくジノである辺り返す言葉もない。気遣いが嬉しくてジノはルルーシュに抱きついた。すっぽりと腕の中に彼を収め、目印にした場所でルルーシュの足を止める。相変わらずリアクションもなくルルーシュは本を読み耽っているがジノはそれが嬉しい。暫し二人じっと佇んでいると対向車線の向こう側から一台の自転車が猛スピードで駆けてきたのが目に入った。

「あっ、枢木スザク。」
「え?」

ジノの呟きにルルーシュが反応する。ジノの注意が向けられている自転車へとルルーシュも視線を向ける。口をついて出てしまった名前は近隣校、それもごく一部で有名すぎる者の名であった。

「知り合いか?」
「全然。」

ルルーシュは知らないだろうがジノは都大会で一度だけ彼を見た事がある。何しろ歩く兵器などという今時どうかと思う安直なあだ名が付けられている武道の有名選手である。ジノはそのあまりにらしい自転車の走行(立ち漕ぎ猛スピード)に見惚れていたのだが、何故か不意に彼と目があってしまった。そしてこれまた何故かは分からないが彼はじっと此方を見て動かない。自転車は慣性の法則に従い止まる気配がないが彼自身は面白い程綺麗に固まっている。そして茶色い髪と緑の瞳という個人がはっきりと認識出来、過ぎ去った次の瞬間ジノとルルーシュさえ綺麗に固まることとなる。

「あっ。」

その間抜けな声は意外にもジノではなくルルーシュからだった。二人の目の前でどかん!としか形容しようがない衝突音を立てて枢木スザクは見事に電信柱へと突っ込んでいった。ひしゃげる自転車、倒れた枢木スザク、道路に転がっていた鞄。そんな諸々を二人は呆然と見つめるしかなかった。


「ギャグ漫画みたいだな。」


漸く一言呟いたジノの言葉にルルーシュはこくりと頷いて同意した。





end?