【カラーノイズ】





「ロロ、お前ってさ。友達欲しいとか思わないの?」
「え?」

リヴァルの無邪気な質問にロロは面を上げた。その手にはイベント企画の為の書類の山、がある。職員室から生徒会室までの道程を男二人、他愛のない会話をしながら進んでいた矢先のことだった。それまで本当に実のない話を続けていたリヴァルはその素晴らしく円滑な会話運びでもって、世間一般では聞きにくい事に分類される話題へと繋げる。

「急にどうしたんですか?」
「いや、急にも何もないし。前から気になっててさ。余計なお世話かなー、とも思ったんだけど一度聞いておいた方が色々な憂いがなくなっていいだろうし。」
「色々な…?」
「うん、色々な。」

リヴァルの足取りは軽い。少しがに股気味なその歩調は兄と違って鑑賞には堪えないが少年の若さと彼の持つさっぱりとした気質を感じさせた。今もリヴァルの顔に特別な陰りはない。けれど色々、とオブラートに包まれた言葉の持つ、その意味を考えながらロロはふっと瞳に暗い色を宿した。その一瞬の変化に気付いたリヴァルは空いていない手の代わりに肩でロロの体を小突いた。ロロの体がぶれて、書類が傾く。

「わっ、わっ、リヴァルさん!」
「あー、何か二重にごめん。」
「別に謝らなくても大丈夫ですけど…。」
「いやいや。こういうことはちゃんとしとかないと。いざ!というときに羽目はずせないだろ?」
「はずし…たいんですか?」

微妙な距離を保ちながら会話が進められていることに気付いているだろうがリヴァルは特に何を言うでもなく笑っている。大体において兄がいない時のロロは内向的で、終始人に対して距離感を感じさせる接し方をしてくる。実をいえばこれが、彼に友達がいない原因だろうなとリヴァルにはあたりがついていた。

ロロはいつも酷く、人と距離を保ち生きている印象を与える。そしてその反動のように兄であるルルーシュに深く寄り添っているように見受けられた。結局こうやって此方から距離をつめたところでロロはそう簡単に笑いはしないし表情を崩しもしない。唯一、ルルーシュの前でだけその硬い瞳と優しげな面を綻ばせた。

兄だけに依存し、他人には一切目もくれない。

そんな風に最初はリヴァル達の映っていた。それが本当は、――――分からないのではないか?と疑問を抱くようになったのいつのことだっただろう。

「で、実際のところどうなの?」
「…欲しい、とは思ったことがありません。それに友達って、欲しいと思ってできるものなんですか?」
「いや、そういうものではないと思うよ。俺は。でもまず望む気持ちがないと、そういう人が現れても素通りしちゃうだろ?」
「お見合いみたいですね。」
「まぁ間違ってはいないよな。」

存外にはっきりした物言いで否定の言葉を返すロロ。愛しの生徒会長はこの少年をナイーブと評したが、それを聞いた時リヴァルは酷く関心したものだ。ナイーブ。物は言い様である。

「でもさ、友達がいなくて寂しい、と思ったこととかないの?」
「寂しい…、ですか?兄さんがいてくれるのに、寂しいなんて、どうして思うんですか。」
「うーん、でも家族と友達は別だろ?」
「そうですね。でも僕には、」

少なくともリヴァルはその言葉をこう受け取った。


「兄さんだけいてくれれば、それでいいんです。」


世間知らず。
ロロにとっての世界がどれほどの大きさなのかリヴァルには分からない。兄だけなのかも知れない。そうだとは思いたくないけれど。

ただ、友達への、人への接し方すら満足に分からないように見える幼い少年は、その答えの瞬間眩しいほどの笑顔を見せてくれた。


その笑顔に、強い不安だけが残った。







「兄さん。」

生徒会室に着けば兄がソファーの上で眠っていた。座らず、珍しく横になりながら。そういえば昨日は明け方の四時まで起きていたな、と思い出しロロは机の上に書類を置いた。各部へ配布する書類を持ったリヴァルは途中で別れ、今は部室を回っている。二人きりの生徒会室には午後の穏やかな光が差し込んでいた。

「ねぇ、兄さん。さっき、僕リヴァルさんに友達が欲しくないかって聞かれたんです。」

眠る兄へ向けてロロは独り言を呟く。盗聴器に引っかからない程度の小さな声。囁くように呟いたのは決して兄の眠りを妨げないように配慮したからではない。そう自分に言い聞かせながらそっと膝を折って、ソファーの元へと腰掛けた。規則正しい寝息が聞こえる。その事に安心して体の力を抜いた。

「欲しくないって言ったら、寂しくないか、って。変だよね。僕には兄さんがいるのに。」

ロロにとってリヴァルの質問は正直難解すぎた。普通の少年なら、友達一人いなければ寂しいと感じるのだろう。けれどロロは普通ではなかったし、また倣うように言われた少女も普通ではなかった。彼女にとって世界とは兄であり、兄無くして如何なる存在も意味を成してはいなかった。ロロの存在はその妹の代わりである。彼女が、真実兄以外必要としなかったのに、どうして自分がそれ以上のものを望むのだろう、とロロは思った。それに。


「家族がいれば、それでいいじゃないか。」


家族以外のものを望むなんて、なんて贅沢なんだろう、と思いながらロロはそっとルルーシュの手を握った。暖かな体温。生きている人のぬくもり。その心地よさに瞼を閉じれば自然とロロの思考は鈍っていく。間近の体温ひとつありさえすれば、ロロは他に何も欲しいとは思えなかった。夢の淵に近付きながら、ぎゅっと手に力を込める。

「あぁ、でも、…・・・・。」


兄さんが心配するなら、友達がいてもいいかな。


その呟きは言葉にならず、その言葉を憂う人もその場所にいてはくれなかった。





end