【正義は勇敢な若者を殺す】





「アスプルント卿じゃないですか。相も変わらずご機嫌宜しいようで何よりですね。」
「ヴァインベルグ卿こそ、随分と機嫌が良さそうですねぇ。何か良いことでも?」
「ええ、少し面白いことが。」
「なるほど。私も似たようなものです。」

出会い頭のいつもの会話。余所余所しくはなく、かといって特に親しげでもない。他人が見れば何とも他人行儀に感じるであろう会話をジノとロイドは笑顔で交わし合った。これが二人にとっての自然なのだから、その笑顔に嘘はない。帝国でも名のある貴族であり、尚かつ顔見知りと言うには付き合いの深い二人は一定距離を保ちながら世間話に華を咲かせる。

「トリスタンの調子はどうですか?」
「良いですよ。順調すぎるぐらいですね。研究者として名高いアスプルント卿の発案なだけはある。空を駆ける時の疾走感が堪らないですよ。」

ジノは自分の機体の下で立ち上がろうともせずプログラミングを続ける男を気にしたりはしない。対してロイドも大袈裟な手振りと笑顔で話しかけるジノを気にすることはなかった。ロイド自身も相当に身振り過剰な嫌いがあることを自覚している。それにそもそもそんな小さな事を気にする二人ではないから、言葉振りも相まって次第に熱が高まっていく。

「本国にも優秀な研究員は大勢いますからねぇ。まぁトリスタンに関して言えば、卿の性格に合わせて機体性質を設定させて貰いましたから、気持ちが良いのも道理かと。」
「不穏な言葉ですねぇ。俺、そんなに喧嘩早いように見えますか?」

爽やかな笑顔で険呑な言葉を持ち入るジノを、ロイドは楽しげに見遣った。この時になって初めてロイドはキーボードを走る指を止めた。そして不思議そうに小首を傾げる。そんなロイドを、器用な人だ、などと全く話の中身と関係のない感想を抱きながらジノは見つめていたりした。

「そうご自身で仰るということは、自覚がお有りになるということでしょう?」
「否定はしません。手が早いんですよ、俺。」
「欠点を自覚できるなんて、素晴らしいことじゃないですか。」
「欠点ですかねぇ。これ。」
「さぁ?」

ロイドにとって人の欠点などはそう意味を成さない。そんなもの紙一重で長所になりうるし、どう受け取るかは人の自由だ。ロイドにとってジノの喧嘩早いという特性は秀でた特徴として機体に組み込めた時点で素晴らしいものだ、と言えるし、今はジノ自身が思わせぶりな行動を取ったからこそ欠点と評したに過ぎない。まぁ元より単純に目の前の男を喧嘩早いと思ったことはないのだが。

「そう言って頂けて嬉しいんだか悲しいんだか。」

煙に巻くようなロイドの言葉に思わず肩をすくめたジノのあまりに大きな体躯。

「けれどアスプルント卿の仰ることですし、控えめに受け取っておきます。」

だが傲慢だと思ったことはある。それも貴族らしい傲慢さでありながら、同じ貴族であるロイドが感心する程質の高い裏付けに満ちあふれたものだった。実力でナイトオブスリーにまで登り詰めたジノには自信がある。満ちあふれているからこそ、簡単に人を卑下して自尊心を満たす必要もない。その意味では誠実で、しかしやはり残酷な存在だと思わずにはいられない。

彼の前には彼を超えるか、彼に並ぶか、果たしてその二つの選択肢しか用意されていない。その何れかに参加しない限り彼は相手を平等に扱ったりしないだろう。そしてその価値観故に時に自分より下の者に容赦がない。単純に喧嘩早いとは思わないが、その容赦のなさが苛烈さに繋がるのだ。

だから戦場ではこれほど恐い男もいない。神聖ブリタニア帝国の臣民であり、貴族であるという自負に基づき闘う彼には戦う理由に迷いがないからだ。

「本当に、卿は相変わらず貴族らしい貴族だ。」
「貴族らしさの欠片もない卿にはそう見えるでしょう。」

決して中傷の類と思わせずにジノは笑って言う。その笑みと言葉に、やはり彼は生まれながらにして貴族なのだと確認することができた。予め用意された階級としての価値観を疑問視しない。ロイドも疑問視はしていないかもしれないが無頓着という点で決定的にジノとは違っているのだろう。そんな所がジノに面白いと思われている事もロイドは知っていた。互いに面白いと思い合う関係とはこの上なく酔狂なものだ。

「ところでヴァインベルグ卿。」
「何ですか、アスプルント卿。」

ロイドは再度プログラミングを進め始めた。画面にはトリスタンを動かすための細かな数字の羅列。素人には複雑怪奇なその羅列がやがて大きな波となり機体を動かす。より速く、より強く。それは間違ってもジノの為では無かったが、不意にロイドは冒頭の会話を思い出し、人の為であってもいいかもしれない、と思った。

「面白いこと、とは何ですか?」

実力主義者であるジノは盲目的に階級を重要視したりはしない、とロイドは知っていた。反面決して超えてはいけない一線として皇族に重きを置いていることも。それは皇族を敬い、仕えるために存在する貴族としてのアイデンティティだ。だからこそ今この時のジノに多分に興味があった。

ゼロの演説の、その直ぐ後に真っ直ぐにトリスタンの元へやって来た彼に。

「あぁ、それはですね。」

顎を指で弄り、微かに眉を顰めたジノは息を吐くようにさらりと怨嗟の言葉を紡いだ。


「ゼロが現れたんですよ。皇族殺しの、ゼロが。」


その皇族殺しに込められた響きにロイドは心底面白い、と身震いした。
彼はこれからトリスタンに乗って空を駆けるのだろう。

ゼロを殺すために、ゼロを裁くために。

ジノの価値観の中で決して許されざる行為を行った希代のテロリスト。追いかけるその理由が何よりも皇族殺しだなんて貴族の鏡だ、とロイドは思った。その何て、期待を裏切らない答え方。


「それはまた大変なことになりましたねぇ。」


少しも大変なことだなんて思わずに、ロイドはジノの言葉に同意しておいた。




取り敢えずゼロが皇族であることなんて伏せておいて。





end