【インモラル】






「苦しいか?」

感情のこもらない声で話しかけられ、ルルーシュはベッドの方を振り向いた。そこには未だシャツ一枚でシーツにくるまり、暖かみを堪能しているC.C.がいた。ルルーシュは応えることなく、ベストのチャックを上げる。んっ…、と意識したわけではないが僅かな吐息が漏れ、それに応えるようにC.C.が溜め息をついた。

「苦しいのだな。」

苦しい、が一々言われたくない。椅子に引っかけてあったワイシャツに腕を通し、ルルーシュは無言のまま着替えを続行した。すると何を思ったかC.C.がベッドから降りて近付いてきた。その気配を背中で感じながらも、ルルーシュは反応しない。背中で止まる気配。じっと数秒何をするでもないC.C.を訝しく思いながらも黒い制服のボタンを上から順に留めていく。すると、はぁ、と呆れたような溜め息が聞こえた。そして次の瞬間訪れた、ぞわり、と背中を這い上がる悪寒にルルーシュは思わず声を漏らした。

「あっ‥!?」

思わず反応してしまった体を叱咤して勢いよく振り返ると意地悪く口の端を吊り上げたC.C.が右手をルルーシュに向けて差し出していた。位置は丁度腰の下辺りに置かれた右手。

「なかなか良い声だ。」

「おっ、前な…っ!!一応女だろ!!?」

それにヒップラインも良い、と何一つ悪びれることなくC.C.は言ってのける。苦虫を噛みつぶした様な顔で、ルルーシュは何かを払いのけるように自分の臀部に掌を近づけた。何もついてないが何かついている様な気がする、と先ほどの行為を思い出して顔に苦渋の色が浮かぶ。C.C.はルルーシュの臀部を淫猥な指使いでゆっくりと撫で上げたのだ。それも、割れ目に指を押しつけるように。明らかに狙っている。何をとは言わないが。

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「何を考えているのか知らんが、そろそろ無理が出てきたと思うぞ?」

ばふん!と後ろ向きベッドに飛び乗ると、窓から差し込んだ陽光に埃が浮かび上がった。ルルーシュはその様を冷たい目で見守りながら、ごろりと枕と戯れているC.C.に、うるさい、と一言返した。

「魅惑的なお尻だな。後ろから見ると実に美味そうだ。それでは男が寄ってくるだろう。ちゃんとスパッツを履いて形を潰すなり何なりしておけ。」

「…‥うるさい。」

本当に朝っぱらから五月蠅い。そうでなくても昨日は夜が遅く、今は頭痛気味なのだ。何とか黙らせる方法はないものか、と考えながらそうするには部屋を出て行った方が一番手っ取り早いのだ、と知る。何故部屋の主が部屋から出る事で平穏を得なければならないのか心底頭の痛い問題だが、それを取り敢えずは横に置いてルルーシュは鞄を乱暴に掴んだ。そしてナナリーのいるであろう、台所へと向かう為に足を進めた。だが、C.C.はルルーシュの左腕を強引に引っ掴んだ。そして矢継ぎ早に言葉を投げつけてきた。

「お前は認めたくないのかもしれないが成長期は人それぞれだ。そしてお前は明らかに、今、成長期だ。お前の強い意志は理解できるがそれだって何時までも体が言う事を聞いてくれる訳じゃない。むしろお前が男であろうとして、体が自然な成長を抑制していた事こそ神秘だ。最近スリーサイズ量ったか?私と会った頃より明らかに体のラインが円やかになってきているぞ。胸だって、まぁ今までも形は綺麗だったが明らかに大きくなってきただろう。そのベストが苦しいと感じてどのくらい経った?ウエストはある程度ごまかせるとして、問題は尻だな。男子用に作られたそのズボンでは、きつくなってきていないか?隠しにくい所なのだからもうちょっと気を配らないと冗談抜きにばれるぞ。公にばれるぐらいなら良いが、いきなり物陰に引きずり込まれても知らんぞ。ちょっとは鏡を見て自分の体を見直せ。お前は自分がどれだけいやらしい躯をしているか考えた事があるか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

何で俺は朝から自分と見た目だけはそう年の変わらない少女からセクハラを受けているのだろう。いや、これだけあからさまな行為をセクハラと呼んで良いのかどうか…、猥褻罪で逮捕してやりたい。本当に、頭が痛すぎる。腕を振り解いてこの場から逃れたい気持ちで一杯だが見た目に反してやたらと拘束力が強い白い手から逃れる事も叶わず、ルルーシュは恨みがましくC.C.を見つめた。

「手首細いな。」

ちゃんと食べているか?と明後日な心配をされてルルーシュはついに諦めた。肺に溜めた空気を全て、一番無駄な用途、即ち溜め息に費やす。それを見てC.C.は何故か楽しそうに笑う。

「ナナリーも言っていたぞ?」

何を言っていたのか心底知りたくない。そんな俺の思考が分かるだろに、C.C.は言葉を中断するという選択肢を端から排除している。そんなに楽しいか、俺で遊んで。

「『最近『お兄様』は随分と体が柔らかくなってきて、匂いも変わってきてるんです。あっ、匂いは勿論とても良い匂いですよ?額に口付けてくださった時なんか、唇があまりに柔らかくてびっくりしました。邪な想いを抱いた害虫がつかないかと、本当に心配です。』だと。そういえばお前、体臭変わったんじゃないか?最近ベッドから良い匂いがするんだ。洗剤は変えてないだろうに。」

何でお前がうちの洗剤事情まで、という疑問は浮かべるだけ無駄だろうか。だがルルーシュも可愛い弟に心配されているという事実だけはやぶさかではない。例えそこに若干ひっかかる単語を覚えようとも、それはそれである。現在問題とされている事象には何の差し支えもない。ルルーシュは鞄をベッドの上に放り投げると、先ほど袖を通したばかりの制服を脱ぎ始めた。

「出掛ける。」

「私も一緒だな。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「なんだ、当たり前だろう?」

嬉々としてベッドから飛び降りるとC.C.はクローゼットから真新しい服を取り出す。ついでに私服を取るように頼むと、C.C.はぞんざいにそれを投げて寄越した。ルルーシュの冷ややかな視線など全く気にする事無く、C.C.は久しぶりの外出に嬉しさを隠さず鼻歌など歌いながらワイシャツを脱ぎ捨てた。くしゃりと丸められたそれを、ルルーシュは皺を伸ばしてハンガーに掛ける。追われているという自覚があるのだろうか、と確認せざるを得ないその背中。けれど四六時中部屋の中にいれば息も詰まるのだろう、とルルーシュはC.C.の外出を、息抜きとそれなりに寛容に受け止めた。それが自分にとっては公然としたサボリであろうと。

「まずは下着だな。」

「言って置くがお前が想像しているようなものは一切買わないぞ。」

「黒も良いが白は白でかなりそそると思うぞ。」

一体誰を唆すんだ、と内心で呟くと直ぐさま「枢木スザクを。」と返ってきて今度こそルルーシュは頭を抱え込んだ。


今日の休みの理由は『頭痛』決定の瞬間だった。









end