【ラ・カンパネラ】
「お兄様、一緒にお風呂に入りませんか?」
その無邪気なお願いに、ルルーシュは危うく飲んでいた紅茶を吹きかけた。
「ナっ、ナナリー?」
「昨日友達にミルクの香りのバスキューブを頂いたんですよ。お湯が白くなってまろやかになるんですって。今日は小夜子さんいらっしゃいませんし、折角ですから日本式に湯船にお湯をはって兄弟水入らずでお風呂に入りましょう。」
非常に魅惑的な誘いだった。ルルーシュとしてはお風呂を愉しむ嗜好も持ち合わせていたし、ナナリーと二人きりで、と言われればとても嬉しい。普段使わないがバスキューブというものに興味もあるし、日本式でゆっくりと湯船につかるのも絶対に楽しいだろう。ただ一つ問題があるとすれば…
「ねぇ?お兄様。」
薄いミルクティーの様な髪を揺らし可愛らしく小首を傾げる少年が性別男、で目の前に座り『お兄様』と呼ばれている漆黒の髪に切れ長の宝石のような瞳を持つ少年が性別女、という何だか不可思議な現状に基づく事実だけだろう。いや、もしかしたら性別は問題にはならないかもしれない。なにせアッシュフォード家に匿われる前は二人で暮らしていたしその頃は節約のためにお風呂はいつも二人で入っていた。時間の問題も身体的な問題もあったので、取り敢えず常に二人で。だから性別は問題ではない。問題があるとすれば、それは二人の、そう、年齢だろう。
ナナリー現在14歳。ルルーシュ現在17歳。
世の中には二十歳過ぎても親子でお風呂に入る家族もいるらしいから、一体何が問題なのかと問われればルルーシュに明確な答えはない。だが何かがいけない気もする。何がいけないのか。ナナリーが気にしていないのだから別にいけないわけではないのだ。兄弟で変に意識するのも問題がある。それにルルーシュもナナリーが弟だからといって抵抗があるわけではない。抵抗があっては問題ではないか。弟はあくまで弟。ただ一つ心配な事といえば、ナナリーが歩けない以上ルルーシュがその移動全てをまかなう必要があり、最近体格的にも大きくなってきたナナリーを移動させるためには脇に腕を通し持ち上げるという手段しかないという事だ。とすれば必然的にあたるではないか、胸が。
「駄目ですか?お兄様。」
見るからにしゅんとした様子のナナリーにルルーシュは言葉に詰まる。こんな可愛い弟を無下にしていい訳がない。だが、と心には一抹の引っかかりもある。胸、胸だ。当たる事自体をルルーシュが気にするわけではない。気になるのは胸が当たった事により、ナナリーの、つまるところ健全な青少年の育成上どうなのか、という問題である。幾ら姉とはいえ、年頃の中学生の男の子に、遺憾な事とはいえ女性の胸が触れて良いものか、ルルーシュは迷いに迷っていた。傍から見ればかなりずれた論点のような気もしないではないが、ルルーシュ自身は至って真剣に頭を抱え込んでいた。しかし、視界には不安げに自分を見つめるナナリー。弟の健気な願いと、世間一般の倫理観。さてどちらを取るかと問われれば。
「入ろう!!!」
前者に決まっているだろう。そこに紙一枚の隙間ほどの議論の余地もない。ルルーシュの答えに、花を咲かせた様に明るい笑顔を見せるナナリーがいれば猶更であった。「早速準備をしよう。」と椅子を立ち上がったルルーシュに、ナナリーは「はい!」と両手を胸元で合わせて返事をした。その様子にルルーシュは思わず自分まで嬉しくなる。そして一言断ると、お湯を入れるために浴室に向かった。
その背後でナナリーが思いっきりガッツポーズをしたのは、また別の話である。
end