【ノクタンビュール】
枢木スザクには最近新しくできた日課があった。それは。
「ルルーシュ!」
一日の始まりに必ずルルーシュに抱きつく事。周りの固まった空気は気にしない。男にしては柔らかい体を全身で堪能する。掌で一見平らな胸元をまさぐるとルルーシュがぞわりと揺れた。抗議の声が聞こえるけれど気にしない。たっぷり十秒。必ず抱きしめ続ける。
「スザクさん?」
その場にいた全員の視線が一瞬でナナリーに集まる。背中に炎のようなオーラを纏い、黒い怒気を孕んだ目元。全員が(ひきつった顔で)これがナナリー?と思った。約一名、その憤怒のナナリーを作った張本人枢木スザクを除いて。
「なぁに?ナナリー。」
歌でも歌い出しそうな上機嫌でナナリーに話しかける枢木スザク。トドメとばかりにぎゅっとルルーシュを抱きしめる腕に力を込める。右腕は胸元、左腕は腰に回されルルーシュが恥ずかしそうに顔を赤らめた。心臓に悪い程可愛らしいその様子に、また全員が心を同じくした。その手を離せ、枢木スザク。
「嫁入り前のお兄様のお体に邪な手で触れないでください。お兄様が汚れます。」
「うん、大丈夫。責任取るから。」
勇者。どんどん大きくなり部屋を覆い尽くすのではないかというほど強いナナリーの見えざる視線を受けて、枢木スザクは一人ひたすら平静であった。いや、ルルーシュを抱きしめている分普段より大分にテンションが高いかも知れない。表面上はにこにこと穏やかに笑いながら言葉を交わし合う二人に、生徒会室は、これまた約一名を除いて体験した事はないが、戦場の空気を味わった。デッドオアアライブ。どう考えてもデッドの確率が大きい。逃げねば。しかし足が動かない。
「…おい、スザク離れろ。」
「うん。あとちょっとだけ…・駄目?」
上目遣い。この年頃の男がやっても、と一蹴できないのは一重に枢木スザクだから、というしかない。まるで捨てられた犬の様な純粋な瞳で(絶対に純粋ではないが)見上げられルルーシュも少し戸惑い顔だ。これは無理矢理引きはがせないな、と皆等しく心の中で呟いた最中、ルルーシュが声を上げた。
「ひゃあっ///‥・!!?」
素っ頓狂な声ではない、周りの人間の心臓に悪い色っぽい悲鳴を上げたのだ。何だか後ろでぐしゃり、ともの凄い破壊音が鳴ったが今はまだ振り向けない。取り敢えず何が起こった?と反射的に事態を把握しようとするとスザクがルルーシュの腹部の、それも下手をすれば大事なところに触れるのではないか、という程下の方をさすっていた。もの凄く嬉しそうな笑顔で。
「ル〜ルv」
「はっ!馬鹿!おまっ…あっ///、止めっ、ろこの馬鹿!!!」
ルルーシュが自分に絡みつくスザクの腕と格闘している。が、どう考えでも軍人のスザクと一般人の、それも華奢な方に類されるルルーシュとでは勝負が見えている。必死で腕を引っ張り握りしめているがまるで離れる気配のない腕に、ルルーシュが顔を真っ赤にしている。なんて心臓に悪い…じゃない。早く離れろ枢木スザク。
がんっ!!!!!
突如生徒会の桃色空気を切り裂く衝撃的な音。全員が一斉に後ろを振り返るとそこにはもはや黙視できるほどどす黒い空気を纏ったナナリーが聖母の様な笑みで座っていた。右手には先ほど全員に配られたココアのマグカップ、だった物の取っ手が握られていた。ちなみに本体は机の上に散らばってバラバラになっているそれだろう。一体どれだけの力で叩き付ければそんな惨状になるのか。身の安全の為に、皆一斉にその想像を廃棄した。触らぬ神に祟りなし、である。ちなみに先ほどのぐしゃり、という音は今度の文化祭のための小冊子(厚さ2cm弱)、だったものだろう。中心が圧迫され、砂時計のような形になって床に落ちている。
「スザクさん。一応、何をやってらっしゃるか伺っても?」
にこり、と微笑んでいるナナリー。和めないのは背後に見える、魔手の様に幾筋も伸びる黒いもののせいか。
「僕とルルの子供ができてないか確かめてたんだ。僕とルルの子供ならきっとすっごく可愛いよ!」
お前に似なければな!!!と全員が一斉に枢木スザクに向けて突っ込みを入れた。この場合男同士では無理だよ!という突っ込みはなされない。思考が混沌の海に船出し誰も目的地を見つけられない迷走、要するに正常な思考回路を失っていた。
「できたらナナリーに真っ先に報告するね。妊娠報告。」
「まぁ?それは嬉しいですね。できれば父親の死亡報告の方を先に聞きたいものですが。」
おいおいおいおい、と誰もつっこめずに以下略。
「安心してナナリー。ルルーシュの事は僕が生涯かけて守り抜くから。誰よりも幸せにするよ。」
「随分自信がお有りなんですねスザクさん。では、ちゃんとお兄様を幸せに出来るよう今日から背後に気を付けてくださいね。有言不実行な男なんて生ゴミ以下ですよ?」
うふふふ、と笑いながらさらりともの凄い事を言うナナリー。あぁ今日彼の本性をみた気がする。まぁ前々からその片鱗は(主にルルーシュのいない所で)見ていた気がするけど、なんて言うか衝撃が強すぎて処理できません、と全員が天を仰いだ。どうかあの優しく天使の様なナナリーカムバックと全員が祈りを捧げる。この瞬間初めて神の存在を切望したと言っても過言ではない。一体この闇と血に塗り固められた惨劇の舞台上でルルーシュはどんな気持ちなのだろう。きっと黒い弟と幼なじみに動揺しているに違いない。可哀想に。生徒会室がこの瞬間涙と悲しみに溢れ飲み込まれた。
「子供は最低でも二人欲しいなぁ。」
「寝言は寝て言うものですよ。この年で痴呆症なんて、先行きの暗い人生ですね。」
「大丈夫。明るい家族計画練ってるだけだから。」
「人生設計は最低でも年収3000万を超えてから口にしてください。」
止まらない暗黒トーク。帝王トーク。魔王トーク。レベルが軒並み急上昇。さてその先に行き着くのは、と生徒会要員は新たなる次元に旅立った。もう何も言うまい。その狭間でルルーシュは一人、呟く。
「相変わらず仲が良いなぁ…・。ナナリーとスザクは。」
「「「「「どこが!!!!!?」」」」」
お昼休みの生徒会室に、遂に突っ込みが舞った。
end