【赤色の秩序】






嫉妬ほど醜いモノはない。この世に自分の掌中に収まるものなど何もなく、故にそれが他の誰かの手の内にあったところで灼くなど、正気の沙汰ではない。だってそうだろう。最初から自分のモノでもなんでもないのだから。

そうやってルルーシュは自分を戒めていたけれど実際そうやって全て上手くいくならこの世に嫉妬という言葉そのものが生まれなかっただろう。自分が欲しいモノが他人の手の内にある。羨ましいと妬み嫉み、それは人として自然な事だ。時には理不尽に度が過ぎるのも人の性だが、あくまで節度があればそれを責めるべくなどない。自然なのだ。本能なのだ。責めて、何になる。
けれどルルーシュはそうではなかった。誰より自分で、自分を責めた。感じるままに感情を動かすことに背徳さえ感じた。最低の汚物でも見る目で、そんな感情を持つ自分を蔑んだ。唯一の救いはそれが彼女自身にだけ適用されていた事だろう。彼女は何より、あるがままであることを責めていた。

「馬鹿かお前は。」

皇宮という百鬼の巣窟で育った彼女にしてみればそれは非常に自然な事かも知れなかった。傲慢で世間知らずなお姫様でいられればそうでもなかったが、彼女は残念ながら尊大でいられるほど地位は高くなかった。継承権も低く家の格も低かった。ごく自然に感情に蓋をし仮面を被って振る舞うことを覚えた。可哀想だと人は言うかも知れない。けれど誰もそんな彼女に触れることは無かった。恐ろしいまでの気丈さと年不相応の才知を兼ね備えている彼女の、心にまで触れられる人はいなかったからだ。長年の経験で培かわれた不条理を突き崩したのは、たった一人の魔女の言葉だった。

「本当に、救いようがないほど馬鹿だな。」

同じ単語を二回繰り返され、ルルーシュはベッドに居座る魔女を睨み付けた。魔女は辛辣さを押さえ、殆ど他意もない憐れみでもってその言葉をルルーシュに投げかけていた。人として当然の感情を封殺し、けれど湧き上がるそれを殺しきる事も出来ずに思い悩む姿はあまりにも見ていて辛かったからだ。久しく胸を襲った人間らしい感情に魔女はほんの少し戸惑いながらも優しく言葉をかけた。

「自分の心に素直になれ。」

けれどルルーシュはその言葉を聞くこともなく、またモニターへ向き直った。斜めから見れば目が眩むだけのモニターに魔女は一瞥もせず、その背中だけ見守る。細い背中だった。その背中に重すぎるモノを背負っていると思えば、ほんの少し楽になる方法を覚えてもいいではないかと思う。嫉妬する感情ぐらい、好きに解き放てばいいと思った。片思いの相手に相応しい女性があらわれて、そんな風に二人が二人きりであることに覚える感情ぐらい、可愛いものではないか。その片思いさえルルーシュ一人の思い違いなのだから。本当に可愛い。そっぽを向いて最早聞く耳もたない彼女を解放してやろう、と魔女は策を練った。彼女が自分の中の嫉妬を認められないなら、根本的な問題を解決するまでだった。

さてそのためにまず魔女がしたことは二つだった。

一つはルルーシュの想い人である枢木スザクのスケジュールを確認すること。
軍属である彼は毎日学校に来るわけではない。だが来れる日はなるべく早く来てクラブハウスの兄妹二人に挨拶に来る。魔女に言わせればそれもルルーシュ狙いだと、疑いようもない。何とも意地らしいものではないか。若者に幸あれ。
もう一つはルルーシュの最愛の妹のナナリーに協力を煽ることだった。
彼女に無駄な心配を掛けて計画を遂行しては後々魔女自身の為にならない。何より姉の恋に積極的な妹の協力を煽げられれば百人力である。そんなわけで魔女は可愛らしい少女ナナリーに、何とも大胆な作戦を持ちかけた。それを快く了承し、尚かつ輝かんばかりの笑顔で激励した彼女に魔女は将来大物になる予感を感じている。

そうやって来たる日に魔女は三つのことをした。
まず就寝前のルルーシュに睡眠薬入りのお茶を飲ませてその起床時間を大幅にずれさせた。連日連夜奔走しているルルーシュの体は睡眠薬の効能を快く受け入れ、その体は深い眠りの淵に陥っていった。これで多少のことでは起きることもない。
その次に魔女はルルーシュの服を乱れさせた。いつもシャツとズボンというスタイルで寝ているルルーシュの、まずはズボンを脱がせた。すると白い太股が露わになった。細く長身に見合うスラリとした長い足はそれだけで扇情的だ。勿論パンツは丸見えだ。そしてシャツのボタンを上から四つまで外してしまう。寝る時はブラなど付けていないから素肌が惜しげもなく晒される。態とらしく前を開き、胸が見えるか見えないかギリギリの位置を模索すれば出来上がったのは何ともそそる格好のルルーシュ。ちょっとでも動けば本気で桃色の乳首がご開帳だがその辺は時の運に任せることにした。
最後にシーツを蹴ったように脇に避けた。寝相の良いルルーシュが通常シーツを乱れさせるなどありえなかった。見れば見るほど態とらしく、出来上がった格好だが果たしてそれを見るモノがそんな所まで考えが及ぶことはまずあり得ないだろう、と魔女は思った。そしてほくそ笑み、部屋を後にする。

その後協力者であるナナリーの言により枢木スザクが部屋を訪れたのは十分後のことだった。



魔女は枢木スザクと入れ違いになるようにダイニングに足を踏み入れた。朝食の良い香りに魔女がお腹をならすと香ばしい香りのパンと卵とベーコンが出てきたので、魔女は大人しく相伴に預かった。そして落ち着いて紅茶を飲むナナリーと、ふたりっきりで長閑な朝の時間を過ごした。早めに戻ってきたらどうする?と尋ねれば、私は先に学校に行きますと伝えておきましたと返されて魔女は唸った。何とも手際の良い少女だ。感心しながらパンをはむ。林檎のジャムの爽やかな酸味に酔いしれつつ、魔女は作戦の成功を祈った。その隣で、ナナリーも同じように祈りを捧げていた。









end