【あんな表情、知らない・前】






よく晴れ渡った日、一枚のチケットを手渡された。それは一年に一度開かれる有名な展覧会、その入選作品の展覧会のためのチケットだった。別に美術部でも何でも無かった俺に、何故それが渡されたかというと単に友達が親から貰い、数が余ったからというだけの単純明快な理由だった。けれど元より芸術作品に対しては兄の影響もあって造形が深く、また人並み以上に関心も高かったから俺は嬉々としてそれを受け取った。そして結局集まった四人はミレイ、シャーリー、リヴァルという馴染みの三人と、俺。受験も終盤で忙しいはずのミレイが何故いるのか心底不思議だったが素直にそれを口に出したらぽかりと頭を叩かれた。丸めた参考書は難問コース向けの分厚さで、紙とはいえ唸り声が漏れた。そしてチケットを渡してくれたシャーリーに、いつもつるんでいて尚かつミレイに片思いをしているリヴァル。

そしてまたよく晴れた日、妹に送り出された俺は笑って家を出、三人の元へと向かった。






「ダブルデートみたい。」

待ち合わせ場所につくなりそんな事を言い出したミレイを綺麗に流してルルーシュはさっさと展覧会場へと向かうよう全員を誘導した。どういう組み合わせでダブルデートと称されるかはあまり興味がなかったし、何よりルルーシュの頭の中は今日の展覧会のことでいっぱいだった。自分と同じように芸術品が好きなナナリーに、持ち前の記憶力で事細かに感想を伝えねば、と意気揚々と足取りも弾む。そんなルルーシュに面白いことが何より好きな彼女は一瞬不満そうな顔をしたが、すぐに気を取り直して後ろからついてきた。
そしてチケットを渡し、会場の門をくぐるといきなりルルーシュの右腕にしがみつき、その様を見てシャーリーとリヴァルが声にならない悲鳴を上げることになった。

「放してくれないか、ミレイ。」
「や〜ん、ルルちゃんつれないっ!」
「俺は自分のペースで作品が見たいんです。」
「ねぇルルーシュ、私の親がこの展覧会の審査員していたの、知ってるわよね?」
「ついでにスポンサーもしてたじゃないですか。今更ですね。それよりも話を流さないでください。」

自分のペースで行動することが何よりも得意な彼女に抗えるものはいない。分かっていても抵抗してしまうのがルルーシュだ。ダブルデートがしたいわけでもないだろうに腕を組んでくる理由も分からないし、尚かつ今更のような話を蒸し返すのも。ミレイはシャーリーの気持ちもリヴァルの気持ちもよく知っているし、進んで空気を読まないような性格でもない。進んで壊すことはよくあったが。当然のように日本画のコーナーに誘導されていくのを知りつつルルーシュはミレイに本題を尋ねようと口を開いた。けれど開きかけた唇を、そっと人差し指で押さえられる。それを見てシャーリーが悲鳴を上げたけれどミレイは気にせずに話を進めた。

「しばらくは邪魔しないわ。あなたに見せたいものがあるの。」

その言葉通りミレイは暫く大人しく自分の隣を歩いていた。



結局ミレイとルルーシュがくっついたことでもやもやとしていたシャーリーとリヴァルも絵を見始めると静かになった。真剣に鑑賞すればするほど絵の世界にのめり込んでいく二人と同じように、ルルーシュも静かに絵を見つめていく。油彩とは違う日本画の透明な色彩の奥行きに吸い込まれるようにしてルルーシュはひとつひとつの絵の姿を瞼に刻み込んでいった。最初腕を掴んでいたミレイもあの後そっと離れていき、今は隣で真剣に鑑賞していた。自由になったルルーシュはまた自由に時間を使って絵を見ていたけれど不思議とミレイと離れることはなかった。それが意図してだと気づき始めた頃、ルルーシュはミレイにそっと肩を叩かれる。振り返ると自然に微笑みを浮かべたミレイがいて、何かと尋ねるとそっと次の角をさされた。

「あれをあなたに見せたかったの。」

そして腕をひかれて角を曲がる。二つほど絵を飛ばして、尚かつシャーリーもリヴァルも置き去りにしたけれどそれがミレイの気遣いだということにルルーシュは後になって気付いた。角を曲がった時に何があるか、それがルルーシュに対してどんな衝撃を与えるか、全て知った上でミレイは、きっと。

角を曲がって見つけた絵に、ルルーシュは文字通り言葉を失った。


黄土色を薄く溶かし込んだような画面。
そのほぼ中央に横たわり、重力に従って真っ直ぐに伸ばされた手に花を一輪持つ人。


肌色を際だたせる藍色の装いから覗く雪のように輝く健康的な肌に、散らばるようにして項に掛かる黒髪が何とも扇情的で物言いたげにうっすらと開かれた唇が色好く映る。微睡むような表情で、細められた瞳は何処を見ているとは知れないけれど吸い込まれるような不思議な感覚に人を陥らせる。

男なのか、女なのか、それすら分からないほどに美しい人。

それは絵の前で立ち止まり行く人々が漏らす感嘆の息が如実にそれを知らせていた。けれどルルーシュは、そんな単純な心境では勿論居られなかった。本当はあなた一人のときに、これを見せたかったのだけれど、というミレイの言葉が遠く聞こえる。今まで確実に頭に刻んでいった絵の数々も一瞬にして頭から消え去ってしまった。目がそらせず、声も出せず、ただ見つめることしかできない一枚の絵。


そこに描かれていたのは、紛れもなく『自分』だった。





自分の知らない表情をしている自分。

まるで誰かに恋をしているかのように綺麗な表情をしている自分に、ルルーシュは目眩がした。









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