【少しだけ速まる鼓動】






「こんなことで構わないんですか?」
「うん。すごくいいよ。そのまま楽にしてて。」

シャ、シャと鉛筆が紙を滑る音を聞きながらルルーシュは縁側で腰掛けていた。基本的にクーラーがないが風は通る枢木家の一番涼しいところに陣取りながらルルーシュは自分を真剣な眼差しで描くスザクを見つめる。モデルをして欲しいと言われたから四六時中じっとしておかなければいけないのか、と思ったのだがどうやらスザクはポーズには興味がないらしい。色んな表情が見たいから、と話ながら描くことを楽しむ。器用な人だ、と思う。それを言えばルルーシュを見て記憶だけを頼りに描いていた、というのだから描くことに関しては別の機能が発揮されるのだろう。その証拠に家事全般はかなり大雑把だ。

「…綺麗な庭ですね。」
「うん。僕もこの庭が気に入って買ったんだ。といっても僕はほったらかしなんだけど。」
「無精ですね。草抜きぐらいしないと荒れますよ。」
「まぁそうなんだけどさ。なんだかね、近所のおじいさんがこの庭を気に入ったらしく時々手入れにきてくれるんだよ。だからいつも凄く綺麗に保たれてる。」

ルルーシュはその話に呆れかえった。

「…なんですか、それ。」
「趣味らしいよ?最初は勝手に入ってきていて、さすがにびっくりしたけど。庭をふと見たら見知らぬおじいさんが立ってるからさ、幽霊かと思った。」

それは不法侵入か或いは老人の痴呆故の行動ではないかと思ったがスザクはにこにこと別段気にする様子もない。肝が据わっているのか、呆けているのか判断に困ったがルルーシュはスザクが嬉しそうなので突っ込むことは止めた。

「良かったですね。」
「あっ、その顔新しい。」

ぺらっと紙を捲る音。答えに困って複雑な笑顔になったと思うのだが、スザクは嬉々として鉛筆を走らせる。会話しながら、本当に器用な人だとルルーシュは立ち上がりひんやりとした石に腰を下ろした。鹿威しの済んだ竹の音が奥の方から聞こえ、ちろちろと小さな池の水面が光を反射する。お盆の上の麦茶の中で氷が溶けて、汗だくになったポットが黄金色に輝いていた。そして座敷の中で忙しなく手を動き続けるスザクを見つめる。この時間がルルーシュにとっては思いの外満ち足りていた。

他愛ない会話をスザクが望む。
だからルルーシュもそれにのって当たり障りのない事を口にする。
その時浮かべた表情を、スザクは好きなだけ描く。

それだけの関係で、モデルだからと言って金銭が絡むことはない。けれどこの家の空気は好きだったし、何より普段触れることがない創る側の作業を見るのは楽しかった。それに時々スザクはルルーシュに絵をくれる。この家に来て直ぐの頃、保管してあった絵を並べて見せられたが何か気に入った素振りを、本当に些細だが見せるとスザクはすぐに『それ、持って行っていいよ。』と言って手渡してくれた。その絵を持ち帰るとナナリーも本当に喜んだからその時は自分も気分が高揚していたが、後々冷静になって考えると彼の絵は一枚幾らと随分するらしい。ロイドという画商がぽつりと呟いたところによると。だからここにいる時間を差し引いても随分と貰いすぎている気がするが、一度彼にそれを言ったら心底慌てた様子で『そんなわけないっ!』と否定された。その時の顔があまりにも必死だったのと尋ねた此方が申し訳ないぐらい泣き出しそうな表情をしていたのでそれ以来ルルーシュはその事について追求することは止めた。スザクがやりたいようにやらせておく方が、いいらしい。するとあの人は目を輝かせる。まるで子供みたいだ、とルルーシュがくすりと笑ったのを、スザクは見逃さなかった。

「…お昼はどうするんですか?」

日差しが高くなってきたのを感じ、ルルーシュがふと顔を上げる。するとスザクがあたふたと慌てふためいて返事をした。その様子に頭にハテナマークを浮かべ首を傾げると、スザクは明後日の方向へ目を泳がせた。

「えっ!?あっ、…あー、そうだなー、そ」
「素麺は止めましょう。どうせ昨日の晩もお昼もその前の晩も素麺だったんでしょう?胃に溜まるものを食べて、素麺以外の栄養もとってください。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ルルーシュってしっかり者だよね。」
「いいお嫁さんになれるでしょう?」

心からの冗談でそう答えたらスザクは真っ赤になって俯いてしまった。スザクがうっかりその様を想像してついでに自身がその隣にいるのを想像した事なんて知るよしもないルルーシュは戸惑って「大丈夫ですか?」なんて尋ねた。心配げに自分を見つめるルルーシュに、スザクは自分の鼓動が少し早くなったのを感じたが、ぶるりと首を振って邪念を振り払った。その様子を見てルルーシュは、スザクは犬だな、と思った。

「冷蔵庫に持ってきたローストビーフを入れてあるので、味噌汁でも作って食べましょう。開けたところ何もなかったんですが…さすがにお米はありますよね?」

冷蔵庫の中の物は好きに食べてね、と言われたのだが、開けたところで飲み物以外ろくに何も入っていなかったのでお言葉に甘えるどころの話ではない。最近いつ見ても素麺しか食べていなかったので勝手に昨日の夕飯の残りを突っ込んでおいたのだが、やっぱり持ってきて正解だった。だがこの上米もないと言われたらどうしようかと心底不安を抱えて尋ねたが、それは問題なかったらしい。

「ルルーシュの手作りかぁ。美味しいそうだなぁ!」

そして何故自分の手作りでそんなに喜ぶのか、全然分からない。

「…味噌汁の具の材料、ありますよね?」
「ネギと卵ぐらいならなんとか。」

本当になんとかだ、と嬉々としているスザクに内心で呟いた。ルルーシュは自分をこまめな方だと認識しているが、こういう食事一つとればスザクは典型的な男の一人暮らしだった。人によると言われればそれまでだが、放っておくと三食コンビニ弁当になりかねないぐらい自分の面倒というものがおざなりだった。

「久々のお肉だ!」

そう叫ぶスザクに、午後は強制的に買い物に連れ出そうとルルーシュは固く誓った。さしあたっては、と腰を上げるとズボンの埃をはらう。頭の中ではお昼ご飯の手順と使う食器の種類を綿密に計算していく。スザクは殆ど料理をしないが、食器棚を覗いたところやたら立派な陶器のお皿が並んでいてルルーシュはもの凄く衝撃を受けた。いつかあれをつかってやろう、とまるでやり手の主婦のような意気込みを抱えたものだ。そんな自分を思い出して少し自己嫌悪にかられる。

「考えごとしてると、転ぶよ?」

黙々と考えているのが分かったのだろう、スザクは未だ庭にいるルルーシュに手を伸ばす。伸ばされた手を見て、子供ではあるまいしこの人はこんな段差で転ぶと思っているのだろうか、と少し不機嫌になった。縁側の下には石の踏み台もあるし、足の上げ高30pもない。普段なら馬鹿にするな!と言うところだが、悪気無く微笑むスザクを見ていると何も言えなくなった。この人が、純粋に自分を心配しているのが分かったから。

「転びませんよ。小さな子供じゃあるまいし。」
「うん。でもルルーシュは危なっかしいから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

分かったがやっぱり少し複雑だ。仕方なく引っ込められることのない掌に自分の手を重ねると、感じたことがない程大きな力でぐい、と引っ張り上げられた。ふわりと浮く感覚と、ルルーシュの腕が傷つかないように加減されたその速度と力強さに、未知の感情を抱く。そのまま一度スザクの腕の中に引き摺り込まれ、この人は何がしたいのだろうとほんの少し考え込んだ。その間も掴まれたままの腕と背中に廻された腕。

「やっぱり、大人の人なんですよね…。」

小声で呟いた独り言に、スザクがぴくり、と体を震わせた。自分とは違う腕と、掌の大きさに、ただ純粋に漏らした感想。どれだけ彼を子供っぽいと思っても、触れればやはり直ぐに違うと分かった。何があっても揺るがない力強さがそこにあった。

現実の、八歳の年の差。

その時間がルルーシュをひどく安心させた。
それは憧れと親しみと尊敬が綯い交ぜになった感情を確かなものへと変える。



それが出会って暫くして、ルルーシュが手に入れたスザクへの想いだった。









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