【答えを失くした間柄・1】
その日は珍しく、秋晴れとは程遠い雨の日だった。台風が来ているわけでもないので、雨はしとやかに、淡々と降り続ける。ルルーシュはまるでそれが自分の気持ちを代弁しているかのようにもの悲しかったから、教室から逸らした思考がゆっくりと灰色に落ちていくのを感じた。
今日で二週間を過ぎた。
ルルーシュはスザクと会わなくなってしまった日数を数える。もちろん理由もなく会わなかった訳ではなく、これは単にスザクの用事とルルーシュの用事が重なったからだ。夏休みも終わりがけにルルーシュは実家に一週間も呼び出され、漸く日本に帰ってきたと思ったら今度は何の因果かスザクが一週間の海外旅行。帰って来たルルーシュを待っていたのはポストに入れられたスザクが暫く出掛けることを知らせる一枚の手紙だった。
「(別に貴方と私の仲でしょう、とか言うつもりはないですけど、あの手紙はない…。)」
8月25日から一週間海外旅行に行ってきます、と手紙にはそれだけしか書かれていなかった。残暑見舞いでももうちょっと味がある、と思う。海外とは何だ、行き先ぐらい、書いてくれればいいではないか。実は当初かなりその事実に頭に来て、それから日が経つごとに脱力したというか寂しいというか、つまりは何とも言えなく物悲しい気持ちになって今に至る。旅行先を告げるなんてそんな軽い話題ですら残していってはくれなかったスザク。自分は今彼がこの地球上のどこにいるのかも知らない。そして連絡手段もない。このまま一生帰って来なくたって、きっと自分は彼を追いかけることはないだろう。そうやってスザクと自分の距離が遠かったのを思い出す。
『ルルーシュ、こっち向いて。』
そうやって自分を振り向かせようとする時のスザクの声を思い出す。低く甘く愛おしむような声が、それだけではなく切迫を帯びていることに違和感を感じ始めてどのくらいだろう。最初はモデルに対するスザクの振る舞いを見て、この人はどれだけ絵を描くことが好きなんだろうと思っていた。勿論自分を描きたいと言った言葉に対しての疑問もあったのだけれど、遠目に見て自分を描きたくなったという事実をルルーシュは自身の顔の造形故の、芸術家ならではの創作異様への刺激と受け取っていた。
鏡を見て陶酔する趣味は無いがルルーシュは自分の顔が他に類を見ない程整っている事は知っていた。やはり美女と誉れ高かった母の顔を寸分違わず受け継ぎ、そこから甘さを引き抜いた容姿に花を添えているのは父親譲りのこの不思議な色の光彩だろう。光を反射するが決して透けることのない黒髪に、お伽噺に出てくるのが似合うかのような白い肌。中性的で流石に最近は少なくなったが女性に間違われるなんて日常茶飯事だった。つい最近、学生服を着ていたにもかかわらず女に間違われて、ナンパされたなんて洒落にもならないこともあったがそれは敢えて思い出したくない。
つまりはスザクはこの顔が好きで絵に描きたいと思っている、と結論づけていた。もしかしたらその認識に確信をもたらしていたのは、スザクがやたらと表情を描きたがったから、ということもあるかもしれない。それほどスザクはルルーシュに一切ポーズを取らせなかった。ただ自然にして、という言葉通りルルーシュは自然のまま振る舞っていた。けれど夏休みに入って暫くして、それは無くなった。
『ねぇルルーシュ。そこに座って、こっちを向いていて。』
初めてポーズを取らされたときは多少の驚きもあったけれど割と素直に従った。一つのポーズをとる時間は短かったが、それから何度も繰り返し繰り返しスザクはルルーシュに対して注文をつけていった。表情は一杯描いたから、これは第二段階なのかと思っていたがどうやら違うらしいと気付いたのは、ずっと同じ方向を向かされて。
『僕のことを見ていて。』
そう言われればルルーシュは必然的にスザクを見る以外ない。ぼんやりと考え事をしていても良かったのだけれど、ある時興味本位でじっとスザクを観察していたことがあった。普段ずっと観察されている側であったから、ずっとスザクを見続けるという指定に遊び心を感じたのかも知れない。そしてスザクを見続けて一人の人を見続けると言うことが意外に恥ずかしいことに気付いて、彼が自分を見る目に何があるのだろうと思ったのが始まりだった。不意にスザクが見せる飢えたような瞳に、ルルーシュは囚われてしまった。
スザクが何度も繰り返した言葉に、こちらを向いて欲しいという思いの種類。
あまりに日常過ぎて記憶することすら忘れてしまったそれに、ルルーシュが初めて思いを馳せた後に二人の関係はしばしの終わりを向かえてしまった。曖昧なまま終わった自分の気持ちに、ルルーシュは区切りをつけられずただスザクを待つことしかできない。けれど例えあの時が本当に最後になったとしても、自分はスザクを追うことはないだろう。
この関係を望んだのはスザクで、この関係を繋ぎ続けたのもスザクだから。
それでも自分は思うのだろうか。永遠に会うことがなければ、それが胸を締め付ける程苦しく悲しいことだと。自分から望まない限り修復する術すらないこの関係を惜しむことをするのだろうか。執着するものを欲しがらなかった自分が、自ら繋ぎ直したいと願う程の強い思いが生まれるのだろうかとルルーシュは自問自答する。
出会って数ヶ月。
毎日のように触れ合うことがなければ違和感を覚えるようになったのはいつだろう。
雨の止まなかったその日。
帰ってくるはずのスザクの家に灯りが灯ることは無かった。
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