【触れたくて、でも触れたくなくて・1】






熱いのは生きてるからだ、と誰かが言っていた。全く持ってその通りだと、スザクは天井を見上げながら思った。背中には涼しい畳の感覚。完全に陰の落ちた室内から、光り輝く庭が見える。九月も終わるというのに長引く暑さに辟易しながらスザクはぼんやりとただ時が過ぎるのを待っていた。視界の端に未完成の絵が横たわっているけれど、手をつける気にはなれなかった。理由など勿論分かり切っていて、

「うわ〜あっ///」

思い出すたびに真っ赤になる顔を覆ってスザクはごろごろと床の上で回転した。何度反芻してもちっとも色褪せない光景はそれだけで多大な毒。しかも尚悪いことにそれが綺麗なだけの想い出ではないからスザクは悩み深みにはまることになるのだ。同意も無く突然仕掛けたキス。

薄いのに柔らかい唇の感触。
ファーストキスではなかったけれど心からの本気でした初めての恋愛。故にキスの味は、甘かった。
果物ではなく、まるで華を啄んだような、夢見心地の瞬間。

必死で押さえつけていた理性が緩んだ瞬間を狙われたように自分の心を揺らした彼。
決してルルーシュのせいにするわけではないがあんなにも我を忘れたのは初めてだった。本当に衝動で、後先など考えていなかった。ただ彼が好きすぎて、どうしようもなくてあんな事をしてしまったのだ。正直な話。
ただそんな事を言い訳する余地がないのは、後悔している訳ではないけれど多分に懺悔の気持ちを残しているスザク自身が唇を重ねるだけでは飽きたらずに舌で彼の口内をまさぐったからだろう。我に返った時、まず顔中の血の気が引いた。
そしてお約束のように彼は口元を抑え、顔を真っ赤にして走り去っていってしまったのだ。左手の、自分がつけた腕時計がきらりと光るのを見つめながらスザクは呆然と彼の後ろ姿を見送った。

回想終了。
それ以来、当然のことながら二人の間で連絡は途絶えたままだ。ルルーシュから来てくれる?そんなことはあり得ない。まず自分が行くべきだがスザクは悶々と悩み三日経って完全に機会を失った。
ルルーシュに時々言われていたが、馬鹿、まさしくである。

「あ〜もうっ!///」
「なあ〜にしてんの?」

そんな自分を叱咤するように奇声を発していたスザクの顔面に、突如冷たいものが乗せられる。同時によく聞き慣れた声。ともすれば頭痛さえ引き起こしそうな冷たい物体を押しのければ、にやにやと笑って自分を見下ろすロイドがいた。手には、近所のコンビニのマークがプリントされたビニール袋。

「チャイム鳴らして下さいって何度言ったら分かるんですかロイドさん。」
「鳴らしたよ〜?僕にしては珍しく三回も。」
「嘘!?」
「嘘v」

まさかチャイムの音さえ耳に入らない程自失していたのか、と思えばロイドからは軽い返事が返ってきた。先ほどまでのブルー:ピンクが2:8の気持ちは一気に萎え、スザクは眉間に皺を刻んだ。それをロイドは面白そうに見つめている。いい加減見下ろされているのも癪で体を起こせば、ロイドがお土産と言って袋を差し出した。お土産と言えば、ルルーシュには渡したがナナリーの分はまだである。こっそりと渡しにいく訳にもいかない現状を思い出し溜め息を吐いて袋を覗けばよく冷えたビールがごろごろと転がっていた。

「へ〜、珍しいですね。ロイドさんがビールなんて。」
「実は空調壊れちゃってさぁ。こう暑いとだれて仕事になんないんだよねぇ。で、気分転換に一人で飲むのも寂しいからきちゃった!」
「お願いですから泊まったりしないで下さいよ。」

見た目通り体力のない男が夏の夜長にクーラーなしで生存できるかと問われれば否である。嫌な予感を感じてスザクはすっぱりと牽制した。ロイドはあからさまに不満そうに口を尖らせた。よく見れば手元に一泊二日の荷物は入りそうな鞄があった。危ないところだった。

「たまには男同士でパジャマの付き合いとかも風情があっていいと思うよぉ。」
「その美的感覚でよく画商なんてやってますね。はい、もうこの話は終わり。おつまみ作りますから適当にその辺に転がっていてください。」
「うんうん。さっきの君みたいにごろごろ転がっておくよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

嫌みか、と思ったが口に出すと話がこじれそうなのでスザクはさっさとロイドに背を向けた。冷蔵庫に入れ直すために引っ提げた袋ががらがらと重そうな音をたて揺れる。その音の合間にロイドは思い出したようにぽつりと呟いた。

「あっ、そういえば玄関のところに可愛いお客様が立ってたよお?」

そう言うことは先に言え!と毒突く暇もなくスザクは全力で玄関に向かって走り出した。あまりの俊敏な動きに、ロイドが一瞬瞠目した程である。

可愛いお客様、と言われてスザクが思い出せるのはたったひとりだけである。
そしてそのたった一人のためならスザクは世界の果てからだって走り出していけた。


「ルルーシュ!」


舌の上で愛しい人の名を転がして、スザクは光り輝く玄関の戸を開け放った。




その頃、投げ出したビールが床の上で転がったのをロイドが残念そうに見つめ、それから溜め息をひとつ吐いた。









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