【これがわたしの】






神楽耶の悩みは深い。それはもう深い。

御簾越しに世界を見渡す彼女は、生まれながらに高貴な者特有の鮮烈な印象を放って見る者を魅了した。口を開けば、その視線がこちらに向けられれば自ずと注目せざるを得ない空気を持っている。日本最後の皇族である皇神楽耶。ほぅ、と無意識に口をついてでる溜め息すら洗練された動作の中では美しい。そんな彼女は僅かに明かりが灯った部屋の中で、御簾越しに円陣を組む老人三人を見つめていた。ぼそりぼそり、と話の内容は重要そのものだが神楽耶はそんな所にはちっとも興味を引かれない。

「(じじいばっかり…。)」

ふぅーと長い溜め息をつくと刑部が振り返ったが、それを神楽耶は笑み一つで沈黙させる。そしてまた己の悩みに没頭するのだ。

「(本当に、じじいばっかり‥・。)」

恐れながら自分は日本最後の皇族である。今は威信をかけブリタニアに叛旗を翻す日本としてはそんな重要なシンボルを失うわけにはいかないはず。けれど唯一の皇族、年頃の女の子、が枯れた年寄りばかりに囲まれて毎日を無為に過ごすとは何事か。(一応支援復興の重要な作業で毎日はつぶれている)もうちょっと気を遣って、ハーレムとは言わないが(別にそれでもいいけど)年頃の男を侍らしてみてはどうか、と全く気の利かない爺’sの背中に向かって神楽耶は特大に長い溜め息をついた。

「あの…神楽耶様?」

後ろの方で何度も何度も意味ありげに長い溜め息を聞かされていたキョウト六家の面々は一体何事か、と恐る恐る御簾へと視線を向ける。けれどそこには遠い目をした神楽耶がいて、全く自分たちの問いかけに答えは返されない。これはヤバイ、と本能で察し彼らは自分たちの議題へ瞬時に向き直った。下手に質問してつつくと、今までの経験上何かが起こる。

「美少年…。」

ぽつり、と呟かれた単語に全員がびくっと反応した。畳から僅かに体が浮き上がる。振り返ってはいけない、突っ込んではいけない、の警告に従って皆平静を保ちひたすらに議題に没頭した。
そんな中神楽耶は一人悶々と考え続けていた。思えばあの頃は良かった、と今は遠い七年の月日を振り返る。あの頃は一応婚約者(今は自分に楯突く輩)も居て、外に出ればいい男が自分に跪き、しかも正真正銘の王子さまを手に入れられる!という少女の夢、シンデレラ・ドリームの成就までかくや、という所まで行っていたのだ。しかしそれを…あの!!!

ばきり!

手の中の扇子が耳にキツイ音を立てて破壊される。思い出せば忌々しい、と怨念の様な形相で過去へ想いをはせる神楽耶の前でキョウトの面々は尚も議題に没頭。振り返ってはいけない、を合い言葉にあらぬ音から耳を塞ぐように議論は勢いを増す。(一人一人の声のボリュームが五割り増した)
思えば自分の少女ながらに純粋な夢を粉々に打ち砕いたのはブリタニア、と今は亡き婚約者(※生きてます)であった。ブリタニアという巨大な力の前では別れは必然だったと言えるかもしれない。しかし怒りが修まらないのは婚約者!婚約者であった男!!!

「おのれ枢木スザク!!!」

だん!と立ち上がり片膝付いて一番星に向かって白い美しい指を突きつける少女の気配を背後で感じながらキョウトの面々は…・。(以下略)
枢木スザク。名門枢木家の長子。初対面はそれは大人しく大人しくしていたがそれは父親の前で猫を被っているのだと幼いながらに人生経験豊富な神楽耶は直ぐさま見抜いた。しかし別にそこで印象は悪いわけではなかった。顔はそれなりに好みだったし、運動が得意と言うだけ会って体つきも中々のもの。女性にも中々優しく手慣れている。(のは若干腹が立ったが)その後の関係もそれなりに良好だった。きっかけはブリタニアから皇子と皇女が来た、その時。

ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

告白します。一目惚れでした。
その辺でもて囃されているアイドルとは比べものにならない正真正銘本物の王子さま。艶やかな黒髪に透明な宝石のように輝く紫の瞳、動作は優雅で言葉遣いも完璧。レディーに対する対応も丁寧で非の打ち所なし!幅広い知識に良識と自分の分を弁えた振る舞いはとても好感が持てた。運動が苦手なところはあったがそれはご愛敬というものだ。危険な事は下々の者がやればいい。というかこの方の手を煩わせるなど以ての外。何より彼は女性に対してとても優しかった。(妹のせいもあるのだろうが)その辺でみる粗野な山猿(枢木スザク含む)とは比べものにならないぐらい、ぶっちゃけ格好いい。手を差し伸べられた時、神楽耶は惚れた。だから直ぐさま告白した。(我ながら漢らしいと思う)

「神楽耶のお嫁さんに『バキャ!!!!』

なってください!!!の部分は見事に掻き消えた。お嫁さん、と言ってしまった事は単に幼い過ちである。音の発信源を辿るとそこには笑顔で木の枝を握りつぶす枢木スザク。(その背後は心なしか黒い)そして神楽耶が話を続けようとすれば、あろうことか「神楽耶はナナリーと女の子同士で話がしたいって!」と一言、ルルーシュの手を引っ張って何処かに消えていってしまった。あの時ほど人生で辛酸を舐めさせられた事はない。屈辱である。その後も邪魔する事四十九回。(会っている頻度を考えれば異常)その中でも一番の屈辱といえば、明日に迫るバレンタインその日に起こった。

「チョコレート!!!」

叫んだ。それはそれは盛大に叫んだ。爺’sが震えたがそんな事はお構いなしである。手の中の扇が段々原型を無くしていくがそれもお構いなし。神楽耶は遠いトウキョウの地へと想いを飛ばした。明日はバレンタイン、乙女が唯一素直になれる日、女の子の祭典!を合い言葉に神楽耶は密かに雪辱を誓った。あの時別れた愛しい人とは再会を果たし、邪魔な枢木スザクは明日は任務でルルーシュに近づけない。(前もって東北の面々をけしかけておいた。どうなるかは知らない。)となれば後は己の成すべき事をなし、バラ色生活を手に入れるのみ。


「これは好機である。全力で使命を果たせ!!!」


その言葉を掲げ台所へ全力疾走した神楽耶。
条件反射的に追いかけるキョウトの面々の声が物静かな家屋に響き渡り、キョウトは今日もそれなりに平和な夜を迎えた。



『バレンタインの被害報告』

・台所までの長い道のりに力尽き一人、また一人と倒れていたキョウトの面々
・台所
・チョコの甘い匂いに悶絶した使用人三名
・神楽耶に手ほどきしてあまりな出来に悶絶した料理人一名
・トウキョウまで(30分の時間制限で)配達に飛ばされた使用人二名
・キョウトのチョコレート仕入れ業者
・失敗作を食べさせられたキョウトの面々と邸の住人ほぼ全員

『皇歴2018年2月15日 仕事で席を外していた桐原泰三まとめ』









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