【ちいさな守護者たち】






クラブハウスの廊下を枢木スザクは上機嫌で歩いていた。それもこれも今日という日のせいである。聖バレンタインデー。日本では女の子が好きな男の子にチョコをあげる日である。意中の相手がいる以上、どうしたって上機嫌にならざるをえないだろう。今日のスザクの目標はルルーシュにチョコを貰う事だった。午後からは仕事が入る為、一足早く迎えに行くという口実(下心あり)でスザクはダイニングの扉を開けた。自動扉が開くのに合わせておはようございます、と元気よく挨拶しよう、と思ったのがその思いは空しく潰えた。

バキャッ！！！

あっ、何だかおでこが痛い…と思ったと同時にスザクは倒れた。それが勢いだったのかあまりの痛みからなのかは判別できなかったが取り敢えず綺麗に、手をつく事もなく後ろに倒れた。衝撃である。扉の敷居にまたがって倒れると自動扉が邪魔とばかりにスザクの横腹をがんがん打つ。そのうち額に濡れた何かが、手で触るとぬるりと赤い液体が見事についた。朝っぱらから流血。ここは平和なランペルージ家ではなかったか、と放心していると少女の可愛らしい笑い声が聞こえてきた。

「うふふっ・・・成功ですね、咲夜子さん！」

悪意の欠片もない相変わらず可愛らしい声に漸く身をおこすと、そこには何故か特大のパチンコを持って微笑むナナリーとその横で同じように華やかな笑みを返す咲夜子がいた。うふふ、と絵に描いたように素晴らしい笑みを浮かべる二人だがどこか非現実的、とスザクはまだ襲撃でくらくらする頭を押さえ込む。ここは平和なランペルージ家。(心を落ち着かせる呪文)

「えっ、っと…ナナリー？」

むくりと起きあがるとナナリーは普通に挨拶してくる。状況判断するにいまだにナナリーの手に握られている人に向けるにはやや大きすぎるパチンコ(ゴムも太い)で何か固いものを飛ばされたと思うのだが。何故自分がそんな被害にあっているのかさっぱり分からない。

「最近変質者にあったばかりでしょう？ですから対策を練っていたんです。」

あっ、それは必要だね、といつも通り返したのだが…何かがおかしいと頭の隅の方で誰かが激しく警鐘を打ち鳴らす。

「やはり私は動けませんから相手に動く隙を与えてはいけない、と思ったんです。ですからここは潔く、扉が開いた瞬間に問答無用でぶちのめそうと！」

爽やかな決意を語られるがそれで良いのかスザクは0.5秒悩む。しかも何やらナナリーに相応しくない単語が聞こえる。何があっていて何が間違っているのか、血がだらだら流れる額を押さえたままでは判別がつかない。(相当強く打ったらしくまだ止まらない)

「もちろん見知った相手は足音や気配で分かりますから大丈夫ですよ。あくまで、不審者のみです！」

だったら何で僕は今ぶちのめされたんだろう・・・。

「実験体です。」

爽やかな笑顔できっぱり言い切られるがそれで良いのか(以下略)。取り敢えずこの話題は終了とばかりにナナリーはパチンコを咲夜子さんに手渡していた。(その際「もうちょっと強度がないと気絶しませんね。」とか聞こえたのは絶対に空耳である)そこで漸く部屋を見渡す心の余裕を与えられたスザクはルルーシュの姿が見えない事に気付く。台所をさり気なく覗いてみても姿は見えない。

「ナナリー。ルルーシュはど…」

「さて！スザクさん。今日はバレンタインデーですね！？」

仕切り直しとばかりにぱんっ！と一回手を打つ音。(さり気なく言葉を遮られた)そしてナナリーが何やら脅迫的な意図を感じさせるほど大きな声でスザクに向き直った。ナナリーは笑っている。咲夜子さんも笑っている。それはもう爽やかに。しかしそれが怖い、とスザクは血だらけになった手で額を抑え続けていた。(ようやく止まる兆しが見えてきた)

「バレンタインデーという事で私たちからプレゼントがあります。」

咲夜子さん、という呼びかけに得たりと咲夜子さんが白い箱を取り出す。黒と金の紐で、見た目には非常に綺麗にラッピングされたそれだが生来の日本人である為かそこに何か得も言われぬ恐ろしさを感じる。なんでだろう。今のこの状況で葬式を思い出すのは…。どうぞこちらへ、と促されるままにナナリーの傍へ行き、ナナリーから箱を受け取る。開けてください、と言われるままに箱を開けばそこには綺麗なトリュフが9つ並んでいた。とても美味しそうである。

「わぁ！ありが」

「ドキドキ☆ロシアンルーレットたーいむ！！！！」

突然叫んだ咲夜子さんの声にスザクは不意打ちをくらって危うく箱を落としかけた。(しかもまたさりげなく言葉を遮られた)見ると咲夜子さんが宣誓し終えた選手のように至極爽やかな笑みを浮かべぱちぱちと拍手を送ってくれていた。

「えっと…さよこさ」

「今回はバレンタインデーということで私主催で趣向を凝らしてみました！」

「あの、さよ」

「恋心もあったもんじゃない男子に義理チョコ渡して相手だけ喜ぶなんて面白くもなんともありません！！！言語道断！！！」

「さ」

「というわけで今回はこっちも存分に楽しませて頂きます！さぁ！スザクさん！存分にチョコを味わってください！！！今回はロシアンルーレット風味です！！！」

不意打ちを食らいすぎてスザクの頭は限りなく思考不能状態に追い込まれる。普通に咲夜子さんに拍手を送っているナナリーまでもが今は眩しい。この人こんなキャラだったのか、とか恋心もあったもんじゃない、とかそんな本音駄々漏れなくても、とかロシアンルーレット風味という事は他の風味もあるのか、とか突っ込みどころはそこかしこに転がっている。だが生憎関東生まれで関東育ちのスザクにそこまでの突っ込みテクはない。呆然としたまま取り敢えず心を落ち着かせる魔法の呪文を反芻した。ここは平和なランペルージ家。

「ちなみにハズレには各種趣向を凝らした具を使ってみました。私と咲夜子さんで頑張って考え抜いたんですよ。」

各種って事はハズレは一つじゃないんだね…。

「何が入っているかは食べてのお楽しみです。お腹壊したりはしないから安心してくださいね！(多分)」

最後に多分って聞こえたのは気のせいかな…。

「それとアタリは普通のチョコと言うだけで別に賞品とかありませんから変な期待しないでください。というかアタリ引いても面白くも何ともないので頑張ってハズレ引いてください。きっとサプライズが待ってますよ。」

うん、待ってて欲しくないなぁ。そんなサプライズ…。

「さぁスザクさん！全部作った私たちの前で食してくださいね！！私たちを喜ばす為に！紳士の心意気を見せてください！！！」

…えっと、ルルーシュ助けてください。妹さんが暴走してます。

ここにはいない彼に心からの気持ちを込めて呼びかける。当然返ってこない答えが涙を誘う。(むしろこの状況で泣いてない自分が上出来だと思う)その間もナナリーと咲夜子さんが楽しそうに呼吸を合わせた。そして、高らかに宣言する。


「「ドキドキ☆ロシアンルーレット！当たっても外れても待つのは涙！九分の八の地獄を味わえ2018バレンタインデー！！！」」


わー！いえ〜い！パーン！(クラッカーの音)という楽しげな効果音のもとでスザクは今こそ気絶しなければ、と本気で思った。今なら血を理由に倒れても問題ないかもしれない。(額と手が血だらけでちょっとした傷害事件である)というかそうしなければいけない気がする。しかしそんなスザクの思考を読んだようにナナリーは先手を打ってきた。


「ちなみにチョコやその他諸々の材料を買ってきてくださったのはお兄様なので吐いたら今後一切我が家の敷居を跨がせませんよ？」


その決定打にスザクが漢気を発揮してチョコに立ち向かったのは言うまでもない。



『バレンタインデー結果報告書』

枢木スザクは瀕死の重傷を負ったかに見えたがその後普通に軍の仕事に(這いずりながらも)向かったので大きな効果は出なかった模様。一番破壊力があったのはわさび、でゲテモノ系は感触はともかく味は悪くなかったらしい。具については熟慮を要す。
ルルーシュ様の御様子ですが夜中に枢木スザクから電話があったとのこと。電話口で「チョコください！」(がん！という音が聞こえたので土下座しながら電話していたと推測される)とのたまったらしいがその時忙しかったルルーシュ様は「寝言は寝ていえ。」と切られたようです。さすがルルーシュ様。その後音沙汰は無かったようなので本日バレンタインデーの妨害作戦は成功、と言って差し支えないと存じます。
PS.ナナリー様のチョコは非常に喜んでいらした様子で机の一番見えるところに飾っておられました。封は切られていたので勉強をなさりながら食べられていられることでしょう。そして私も頂きましたルルーシュ様の手作りチョコですが、大変美味しかったです。メイド冥利に尽きます。

『2018年2月15日　メイド咲夜子筆』









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