【いつだって本気なんです】






カレンは今胸の内で静かな決意を固めていた。胸が高鳴り緊張で掌に汗がじんわりと滲んでくる。ある意味決戦に向かう覚悟でカレンはドアの前に立っていた。ふぅ、と無駄な力を抜き、鋭い眼光で睨み付けたドア。この向こうにはゼロがいるのだ。カレンは右手に赤い小箱を持って立ち尽くしてた。ノックしようと手を挙げてはおろし、手を挙げてはおろしをたっぷり一時間は繰り返し(時折通りかかった玉城がからかってきたがいい加減三度目で鬱陶しくなったので後蹴りをいれておいた)カレンは遂にドアをノックする。

「失礼します!!!」

こんな所で牡羊座の本領を発揮しなくても、というほど猛進して開けたドアは軋んだ音を立てる。今自分は顔が赤い自信がある。どきどきしながら緊張から瞑っていた目をあけると、そこには確かに人影があった。何故か二つ。

「…なにやってんの?」

0.01秒で素に戻るほどの破壊力のある人影は、突入してきたカレンに驚きの眼差しを投げかけている。そこにはゼロはおらず、何故か緩い体勢でソファに腰掛け暢気にも茶をすすりながらチョコをつまんでいるオヤジが二人。藤堂とディートハルトであった。いけない。私としたことが部屋を間違えたか、と扉を確認するが見間違いようもなくそれはゼロの部屋のドア。端にすこしだけ付いた傷といい、ドアノブのちょっとした欠けといい(人に言わせればそんなもの何処にあるというレベルの傷)間違いなくゼロの部屋である。では何故おっさんが二人だけで、ふたりっきりでいるのか。あからさまに不審者を見る目で見れば、藤堂が気まずげに話しかけてきた。「こんにちはカレン君。」と礼儀正しく挨拶から入られたが「そんなことはどうでもいい。」と無意識に返してしまい撃沈させてしまった。いけない。私としたことがこんな乙女あらざる言葉遣い、とカレンは今日に限って女の自分を振り返る。

「ゼロはどこですか?」

と気を取り直して尋ねれば、ディートハルトがニヒルな笑みを浮かべて意味ありげに肩をすくめるジェスチャーをする。気煩わしいその仕草にカレンはこれまた無意識に「黙れケツアゴ。」と返してしまう。するとディートハルトは素で凹んで撃沈した。(凹まないでよ、と突っ込むとさらに凹まれた)いけない。こんな所でおっさん二人を凹ませている場合ではない!(ちょっと楽しいけど)とカレンは見当違いな思い改めをし部屋を出る事にした。ゼロがいなければたとえゼロの部屋といえど用はない(こともないかもしれないけど)。部屋を出ようと振り返ると、そこにまた一人、人が入ってきた。ピザではなく、これまた何故かチョコをつまんでいる奇抜な髪色の少女C.C.である。

「…なにやってんの?」

「お前は見て分かる質問をするのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「分かったから睨むな。チョコを食べている。」

勇者な切り返しをしたC.C.を褒めてくれる者は残念ながらここにはいない。代わりにカレンの秒速パンチが飛んだがC.C.は華麗に避けた。その反射速度も残念ながら褒めてくれる者はいない。本日乙女の祭典という事で長時間極度な緊張を強いられたカレンは些か暴力傾向にあるようだ。もくもくとチョコを食しながらC.C.は冷静に分析する。その冷静な分析力を褒めてくれる者もいない。つまらないことだ、とC.C.はぼやきながら息を切らしているカレン(恐らく瞬発的に力を発揮しすぎた反動)に助け船を出してやった。今日ぐらい女の子に甘くてもいいだろう。バレンタインデーなだけに。(オヤジギャグ)

「このチョコはゼロの手作りだ。」

バレンタインデーという事で黒の騎士団員へのプレゼントだと、と言うとぴたり、とカレンの体がとまった。予想通りの反応にC.C.は壁にもたれ掛かりながらカレンを見守る。するとカレンはゆっくりと面を上げた。なんだか泣きそうな顔をしている。しかしすぐに鬼気迫る勢いで後ろを振り返る。(思わず藤堂とディートハルトが後退った)机の上にはまだ手つかずのチョコが三つも残っているのを見て、カレンはそれを勢いよく口の中に放り込んだ。柔らかな生チョコが口の中でとけ、ほどよい甘さに微かなブランデーの苦みがスパイスをきかせて口の中を満たす。美味しい。もう一つ口の中に放り込む。すると今度は風味豊かな抹茶の香りが漂い、口の中に懐かしい味が広がる。美味しい。さらにもうひとつ口に入れると優しい林檎の味が広がった。滑らかなペースト状になった林檎がチョコと相まり新しい世界の扉を開いている。美味しい。

がくり!

その日カレンは初めて地に膝をつけた。間違ってもゼロに断られるまでつかないでおこう!と決意していたが体を襲った敗北感には抗いがたず、カレンは地に突っ伏した。美味しい。美味しかった。ゼロの手作りチョコを食べられるなんて、憧れの人のチョコを食べられるなんて幸せ以外の何ものでもないだろう。実際美味しくて幸せである。けれど!明らかに美味しすぎるのだ!自分の作ったものより!!!

「まっ、負けた…!!!」

くぅ、っと涙をのむカレンの背中を藤堂、ディートハルトが励ましの言葉をかけようか困惑しながら見遣る。だがカレンはそんな言葉などいらなかった。ここで敗北を認めてしまえばほぼ一ヶ月前から固めていた決死の覚悟(気が早すぎる)が全て無駄になるのだ。しかも慰みの言葉を、間違ってもゼロの部屋で暢気に茶をシバいているおっさん二人から貰いたくない!とカレンは思っていた。(いまだに何故この二人がゼロの部屋にいるのか理解不能だ)そんなカレンを無表情に見つめながら、C.C.は溜め息をついた。とことん罪な奴だな、と女心に相当鈍い共犯者の顔を思い浮かべて今回も純粋な善意からだろうと、と想像する。

「ゼロ・・・っ!!!」

だがそれがカレンに限っては完全に裏目に出た。当然である。自分の作ったものより美味しいチョコを先に食べさせられて複雑にならない乙女がいるだろうか。C.C.は今度ばかりは素直にカレンに同情した。そしてぽんぽんと肩を叩いてやる。らしからぬその行動に、瞳を潤ませていたカレンは素直に縋り付いた。抱き合っている天敵だったはずの二人に、通りかかった扇があんぐり口をあけていたとかいないとか。取り敢えずC.C.はカレンの頭を撫でながら優しく語りかけた。

「ゼロはひどいやつだな。」

「そんなことない…。」

「もちろん良いヤツだが鈍いんだ。気にするな。アイツは気にしない。私も勿論気にしない。」

何が?と全く話の繋がらないC.C.の諭し文句に危うく突っ込みかけたディートハルトの口を藤堂が塞ぐ。その行動にディートハルトは素直に感謝し、尚も口を塞がれながらもアイコンタクトした。(そして二人の心は繋がった)ここで二人の世界に浸っている乙女に突っ込むなど愚の骨頂である。カレンはうんうん、と頷いている。それでいいではないか。万事世界は平和だ。

「お前は、お前の覚悟を見せてこい。」

口調だけはやたら重々しい言葉にうん、と素直に頷いたカレン。ここに至ってまだ話が全く繋がっていないが雰囲気で繋がればそれで良いらしい。カレンはごしごし涙をふいて、すっくと立ち上がった。

「待っていてください!ゼロ!!!」

まるで果たし合いに行くかのように握り拳を固めて叫ぶカレン。そして気合い一発と頬を叩き、部屋を駆けだしていった。C.C.はその後ろ姿を手をフリフリしながら見送る。どどどど、という地響きが完全に聞こえなくなってから、C.C.は部屋の扉を閉めた。よく分からない三人組が集まり、部屋に意味不明な沈黙が流れる。しばしトライアングルを作って沈黙を保っていたが、不意にシャッと寝台のカーテンが開かれる。そこには素顔を晒したゼロがいた。

「…・何やってるんだ、お前は。」

見て分からないか、と返され、仮眠中だったのだな、と納得したC.C.は先ほど部屋を飛び出していったカレンを思い返す。彼女はゼロの居る場所がどこだか分かっているのだろうか。あの勢いで飛び出したのだからきっと今はそこら中駆け回っているのかも知れない。可哀想な事をした。ゼロはここにいるのに。果たして今日中に彼女はチョコを渡せるだろうか。なにせ現在の時刻は…


「まぁそのうち戻ってくるだろう。」


時刻は零時十五分前。そういってソファに腰を下ろしたC.C.にオヤジ二人から「「捜しに行ってやれよ!」」と突っ込みが飛んだが案の定さっさとC.C.は先ほどの同情の念も忘れゼロにピザを無心した。ベッドに横たわるゼロはその態度に眉をしかめる。

「甘いものを食べたら辛いものが食べたくなった。お前のせいだ。」

「知らん。」

何も知らなかったゼロが思いだしたように呟いたC.C.の独り言からカレンの事を知り、騎士団内を奔走する姿が見られるのはこの十分後のことである。



『騎士団記述』

東北の方で大規模なテロが起こったようだが鎮圧。黒の騎士団内で大きな動きはなし。

(蛇足)最近お世話になっている黒の騎士団だが非常に面白い場所だと思う。前にいた日本解放戦線と違って、中々に雰囲気が柔らかい。団員の年齢もあるのだろうか、堅苦しいところがあまりない。
前置きはこの辺にしておいて今日はバレンタインデーだった。感謝の気持ちを込めてという事で、四聖剣の皆が菓子をくれた。私の好きなおかきを。有り難い事だ。そして騎士団でもバレンタインデーは行われるらしく、本部に入ると甘い香りが漂った。皿にのせられたチョコを、ゼロの手作りだと言って渡された時は驚いたものだ。その後ゼロの部屋に行くとディートハルトという男がおり、ゼロと今後の事について話し合いをしていた。仮面をとっていたからまた驚きだ。私も会話に混じったが、中々興味深い内容だった。そこでゼロ手束らの茶を飲みチョコを食べたが大変美味しかった。どうやらゼロは料理がうまいらしい。あの頃のゼロを思うと…いや、これは無粋な話だな。しかし純粋に嬉しい驚きだ。騎士団員へ気を配ってチョコを渡したり、自分に恋心を抱くカレン君を捜し求めたり彼は良い子らしい。カレン君も無事チョコを手渡せて何よりだ。

…息を切らしたゼロに一撃必殺でチョコを手渡さなければ今日も平和に終わったのだが。それだけが今は心残りだ。酸欠で倒れたゼロはC.C.という少女の介抱を受けていたが、果たして大丈夫だったのだろうか。

『記・藤堂』









end