【裏3.25話 バスロマンス】
ドライヤーの音が四つ、脱衣所に木霊する。黙々と髪を乾かす美少女四人は綺麗に椅子に横並んでいた。スタッフは全員出て行ってしまっている。若い乙女達の聖域と化したその場所で、ドライヤーよりも強い風速の溜め息が一つ響いた。
「どっ、どうしたのシャーリー・・!?」
心配そうに隣に座っていた可憐が櫛を持っていた方の手の動きを止める。するとその向こうに座っていたミレイがひょっこりと顔を覗かせ、またその向こうに座っていたニーナが顔を出した。
「いやね、まさかこんな事する羽目になるなんて思わなくて…。」
シャーリーの重苦しい回答に可憐が「あー・・・。」と言葉にならない声を上げる。同意とも同情ともおぼつかないが、可憐は先ほどの撮影を思いだしてほんの少し頭を抱えた。AV女優もかくやというモロだし。深夜向け番組という事を考えれば別段特別な事でもないが(とお嬢様ながら考える可憐の神経は相当図太い)ダンサー志望で健全な道で芸能界に飛び込んできたシャーリーには少し刺激がきつすぎたらしい。
「後でモザイクはいるのかな・・・。」
「はいらないんじゃない?大丈夫大丈夫!ギリギリでちゃーんと見えないように撮ってくれてるから!肝心な所は隠れてるわよ!スタッフの腕を信じなさい!」
「ミレイさん、それ慰めになってません。」
言ってることは正しく無いこともないが如何せん慰めにはならない。突っ込んだ可憐にミレイは戯けた様子で頭を掻いて見せた。豪華な金の髪がふわりと揺れる。かちり、とスイッチをオフにするとミレイはごそごそと化粧ポーチを探り始めた。可憐もドライヤーを止めて今度はゆっくり丁寧に櫛をかけていく。髪の長いシャーリーはまだドライヤーと格闘しつつ、この世の終わりのような表情を浮かべていた。
「可憐もミレイさんもスタイル良いからまだ映っても…うっ!なんでみんなそんなに胸おっきいんですか!!?」
シャーリーの叫び声に一番向こう側にいたニーナが視線をよこす。その視線に気付くことなくシャーリーは尚も自分の世界の中心で叫び続ける。胸ないしウエスト細くないし足は筋肉質だし!と。シャーリーの胸はそんなに小さくはない。むしろバランス的に一番いいかもしれない。単に可憐とミレイが大きいだけだ。
「…シャーリー、胸が大きくてもいいことないわよ?」
「でも、男の人はおっきい方が好きでしょ?」
涙をにじませるシャーリーの肩をぽんと叩いていた可憐がその言葉に頬をひくりと引きつらせる。心なしか眉にも皺が刻まれて、何だか触れてはいけない思い出に触れてしまったらしい事をシャーリーは悟った。慌てて視線を外そうとしたがぐいっと肩を引かれ対面させられる。温かく意外と大きな手にしっかりと肩を掴まれてぐいっと迫った失敗した笑顔を目の当たりにしてシャーリーは自身も頬が引きつるのを感じた。可憐の目は、座っている。
「シャーリー。良く聞きなさい。」
「はっ、はいぃ…!」
「胸なんておっきいと肩凝るし重いから背筋鍛えないと猫背になるしバランス悪いから服選ぶ時に苦労するしあんまり大きくなると下着だって可愛いのなんてないし兎に角何するにしても邪魔だし女の子には僻みを言われるし反論したら尚僻まれるし悩み話したらハブられるだけだし男共にはうざったい視線を向けられるし胸強調する衣装を着せられたときにはセクハラか!と叫びたくなるしちょっとアクションしたらすぐ揺れるチチを強調されるしお色気担当みたいに直ぐ脱がされるわ『折角だからちょっと乱れさせてみようね☆』なんて言われて衣装破かれた日にゃあアンタ女の尊厳なんてあったもんじゃないわよ女は、チチじゃない!!!」
ぜぇはぁと息を切らす可憐にシャーリーは真剣な目をして同意するしかない。こくこくと壊れた首振り人形のように首を振る。血走った可憐の目は、かなり恐い。自分の身に起こったことではないが妙にリアリティ溢れる内容に(想像してちょっとはきそうになった)何だか我が身の事のように真剣に捉えてしまう。そういえば彼女はスタントやアクションを好んでやっていたがやはり胸が大きい故に色々苦労があったらしい。人にはそれぞれ、悩みがあるのだ。可憐の後ろでミレイがぱちぱちと拍手を送っていた。美しく長い足を汲んで微笑む姿はまるで女王様のようだ。リップを塗った唇が艶やかに光り、嫣然と微笑むと同じ女ながらとろけそうになる。
「シャーリー、本当は何を気にしてるの?裸になったことじゃなくて、これを誰かに見られること気にしてるんでしょ?」
そのミレイの言葉に可憐が振り向く。そしていつの間にか髪にリボンを結んでいたニーナも身を乗り出してくる。髪を下ろして眼鏡を降ろしたニーナは、可憐な面立ちを全面に押し出して他三人とは違うがしっかりと美人の部類にはいる。赤髪が麗しく強い眼差しの印象的な可憐、豪華な金髪に迫力のある美を持つミレイ、慎ましく野菊のような優しさのあるニーナ、三人が一斉にシャーリーの目を見つめる。美人三人に一斉に見つめられたシャーリーは、顔を真っ赤にした。
「これってシャーリーさんの恋話だったんですね。」
「わっかりやすいよねー。胸とか何とか気にしなくてもシャーリー可愛いのに!やっぱり恋する乙女は人目が気になるもんなのねぇ。」
「その通りよシャーリー、裸見られるのは気になるかも知れないけどちゃんと堂々としてなさい。自分を卑下しても始まらないわ、ってミレイさん。シャーリーにセクハラするのは止めて上げてください。貴方と違って純情なんですよこの子。」
あたふたと慌て蓋めくシャーリーをぎゅっと抱きしめたミレイを可憐が引き離そうとする。だがするりと抜け出され仕方なく可憐は諦めた。相変わらず女の子が好きな人だと嘆息しつつ、まぁ害は少なさそうなので放っておく可憐。ボリュームのある胸を押しあてられて尚顔を真っ赤にしたシャーリーの耳元でミレイは睦言を囁くように耳打ちした。誰が気になるの?そんなミレイと不幸に目が合ってしまったシャーリーを見て、可憐はこの質問からは絶対逃れられないな、と思った。思った通りもじもじと恥ずかしそうに口元をまごつかせるシャーリーは、数度躊躇ったがちゃんと吐露した。思わず身を乗り出してしまった三人の耳に、その言葉はしっかりと焼き付いた。不幸なことに。
「えっと・・スザクさん///です。」
その告白に可憐とミレイは本気で顎が外れるかと思った。
end